p. 360 から。

日々の雑記。

どうしようもなく魅力的な人間がいるということについて

今日はとあるシンポジウムの手伝いとして1日外出していた。不思議な人々の集まるシンポジウムで音楽や物理をしている教授が主宰で、経済学の教授や仮想通貨の倫理をやっている他国の教授などが集まってそれぞれが講演をしていくという。私はとある縁でそういうものを手伝わせてもらうことになり、今回は二度目だった。

そのシンポジウムに、同じくお手伝いとして参加している芸術系の院生の方がいる。その人は、すごくおしゃれで、嬉しそうにいろいろなことを話す。何と言えばいいのかわからないのだが、どうしようもなく魅力的なのだ。何が、と言われて、分析すればいくらでも特徴は析出できるかもしれない。しかし、そういうこと以前に「あ、この人はとても魅力的だ」と思うのである。そもそも私はその人のことをそんなに知っているわけではない。

どうしようもなく魅力的な人間というのがいる。それが、みんなにとってもそうなのか、それとも自分にとってだけなのか。自分がその人に感じる魅力を、同様に他の人々も感じているのかどうか。たぶん、そうなのだろうとは思う。実験をすれば、そういう人に対する評価は平均して高い水準を叩き出すのだろうし、人々に好まれるエートスというのもやはりあるのだろう。

それにしても、魅力的な人間はどのように魅力的になったのかということが気になる。魅力的な人間は、人々が共通に魅力を感じるような何かをいつの間にか身につけてきたのだろうか。魅力的な人間というのが、生まれた時から魅力的だったとは思えない。幼稚園に入った時からだろうか、小学校、中学校…?いや、もっと大人になってからだろうか。人は成長するにつれてその人独特の骨格や、声や、肉付きを獲得していく。それと同じように、雰囲気や魅力というなんとなくあるような、でもモヤモヤして捉えられないようなものも獲得していくのだろうと思っている。だから、いつからと明確に言うことはできないかもしれない。

それでも、魅力的な人間はいつのまにか魅力的な人間になった。人間は人間のままでありながら、いろんなものになることができる。尖った人間や、ゆるい人間、滑稽な人間や、美しい人間は、最初からそうであったというよりも、そのような人間にいつの間にかなったのだ。無数の理由があって、その理由が無数であるがゆえに、何かそれを説明するのは難しいのかもしれない。

 

ただ、とにかく今日はそういうよくわからないけれど魅力的な人間に出会った。

どうしようもなく魅力的な人間が、なぜかわからないけれどそこにいたのだ。