〈作品〉はいかにして〈舞台裏〉から切り離されるのか

職人たちがものを作る際の作業工程を紹介する番組をみた。日本の刀鍛冶が鉄を叩いて鍛えるシーンにハマって YouTube でそのような動画を漁ったこともある。ある時、次のような疑問が浮かんできた「作業工程って作品の一部なのだろうか?」 。

パフォーミングアーティストであり、お笑い芸人であり、劇作家でもある小林賢太郎という人のインタビューを聞いていたら「舞台裏は見なくていいんですよ」という話をしていた。(神ではない)有限な存在者である私たちは、常に時間の経過の中でしか何かを作るという作業をこなすことができない。「一挙に」ということはできないのである。「創造されたもの」、例えば、劇や道具といったものは常に結果の一点としてある。その後ろには膨大な時間がその作品に費やされているにもかかわらず、結果の一点だけが最終的には現れてくる。もはや舞台裏はそこには無い。

作業工程には常に「次」があり、作品より先にはもう何もない。この点で、作業工程と作品とは区別される。このような差異が生じてくるのは、すべての創造的行為が理由や目的を必要としているからであろう。最終的に作品が完成するためには目的がなければいけない。目的のない創造には終わりはやってこないし、そのような場合、作品は永遠に完成することがないのである。その目的は作業工程で変化するかもしれないが、最終的に何かしらの目的を達成したものが作品となる。目的に向かって進む作業工程は、目的の実現とともに終わる。その意味で、作品には「次」が無いというのである。

作品は次の作品に向かうための工程であり、その意味で、作品は究極的な作品に向かうための工程であると思われるかもしれない。だが、私が考えているのは、作品はそこで一つの完結をもつから作品と呼ばれるのであって、工程でしかないような作品は存在しないということである。例えば、パティシエが「ケーキの盛り合わせが作りたい」というとき、そのための個々のケーキは工程でしかないように思われる。

とはいえ、作品とは異なる目的が同時に存在している場合を考えることもできる。「私はおいしいケーキが作りたい」「私は料理がうまくなりたい」という目的を持ちつつ、個々のケーキや盛り合わせを作る場合を考えてみよう。このとき、製作者の目的は個々の作品の目的を統合する位置に置かれている。個々の作品の目的を統合しているのは「私は〇〇をめざす」という製作者のもつ目的であり、その意味で、個々の作品に関する目的と並行する形で作者の統合的目的も存在しているといえよう。

個々の作品に関する目的と、私に関する目的は、性質が異なる。鍛冶職人は、鍛冶がうまくなりたいと思っているだけでうまくなるわけではない。私に関する目的を達成するためには個々の作品を作る必要がある。例えば、「包丁をつくろう」という目的と「鍛冶がうまくなりたい」という目的を考えると、前者が後者の作業工程となっているといえる。とはいえ、このことはまた、個々の作品に関する目的が、作者自身に関する目的とは区別され独立して達成されるということを意味してもいる。

少し話がそれてしまったが、作業工程は作品の一部なのか、というのが最初の疑問であった。個々の作品にとって作業工程は必要不可欠ではあるが、それ自体で何か目的を達成しているものではない以上、作品と作業工程は質的に異なっている。あるものが作品であるということは、どこまでも続きうる作業工程に終止符が打たれているということであり、その終止符の存在が作品を作業工程から切り離しているのである。

【読後感想文】重田園江『統治の抗争史:フーコー講義 1978–79』勁草書房, 2018.

全体に関する感想

2020年8月29日に開催された「精神医療と社会学」読書会*1に参加して『統治の抗争史』を読む機会を得た。 約500頁に渡って詳細な議論が繰り広げられる本書を一人で読む自信はなかったので、他の参加者の方々と読むことができたのは幸いであった。

フーコーを通じて近代思想史を読みなおすと、思想家にとって著述するとはこのような概念闘争に参入することにほかならないことを理解できる。本書で取り上げた多くの思想家において、一つの語に複数の意味が込められ、あるいは錯綜したやり方で用例が混在するのは、こうしたことの霊障である。(484頁)

「おわりに」で著者は以上のように述べている。本書で描かれたのは、知への意志に駆り立てられた思想家たちの概念闘争の歴史であるともいえよう。その闘争の中で、或る思想や概念は生き残り、他の思想や概念たちは挫折してゆく。とはいえ、それが闘争の歴史である以上、それぞれの概念たちは単なる空想ではなく、それ自体で現実へ向かう実在的な可能性たちの戦いであった。それらのことが著者やフーコーによって示されるということは、我々にとっての現在を未来に向けて変革してゆくため指針を与えてくれることにもなるだろう。

本書の内容に関して具体的に見るならば、フーコーが自身の講義のなかで最後に取り上げ、そして本書のなかでも最終章に位置づけられたトピック、すなわち「市民社会」こそが変革の場となるように思う。第III部では、穀物ポリスとそれに対立する穀物自由化論者の議論と、その自由化の流れのなかで人口がホモ・エコノミクスとして捉えなおされる。そのように形作られた経済的領域は自律的な自然的対象として、直接に統治の対象になり得ないものとなってゆく。

経済は社会に豊かさと活力をもたらすエネルギーの源でありながら、同時に社会的絆を脅かしもする。これ以降、両者の軋轢を調整することが統治のテクノロジーの主要な目的となる。市民社会の領域とは生政治の領域であり、経済の動態や発展を妨害することなく社会の分裂と破壊を防ぐことこそ、十八世紀末以降、統治の基本的な役割となるのである。(480頁)

自由主義の風潮のなかで、統治は、経済に対して直接なされるのではなく、自律的に展開してゆく経済をうまく作動させるための環境を整えるという仕方で働く。フーコーが食糧難の例をあげながら、ポリス的統治と自由主義的統治の移り変わりを論ずるとき、統治の対象が経済そのものではなく「市民社会」へと向け直されることが含意されているのである。

もちろん現実の世界はそのような綺麗な区別を拒むようなものでもある。COVID-19 に関連する経済的対策をみても、ある部分では自由主義的であり、他の部分では規律的でもあるだろう。とはいえ少なくとも、市民社会に対する政治の介入は、概して、経済に市民社会を従属させるような仕方で行われている。経済のための道具として市民社会が利用されているともいえる。フーコーと、彼のテクストを読み解く著者の議論が明らかにするのは、まさにそのようなものとして市民社会というものが登場してきたし、現在もその役割を全うし続けている、ということだろう。

逆にいえば、以上のように利用されている市民社会の在り方を自覚することこそ、変革への道標となる。市民社会は、政治的介入を許すものとして、それ自体で駆動する経済システムとは異なる論理を持つものとして導入された概念であった。経済システムと市民社会は全くの別物なのである。だとすると、市民社会が経済に従属する必然性はない。市民社会は、統治の対象として登場してきたものではあるにせよ、経済システムへの間接的な介入を可能にする道具としてではなく、それ自体の在り方を模索されうるような領域であるともいえるのである。

    

読書メモ

序章「統治性研究を位置づける」

フーコーの統治性に関する研究の出現経緯、それを主題とした講義の具体的な内容、先行研究等の紹介。78–79年に唐突に始まるように思われる統治性研究は、実際それまでの主題と全く切り離されたものではないが、本書は二年間の講義を読み解釈することに照準を定める。

第1章「統治、統治術、君主鑑」

16世紀の封建制解体と主権国家系生、そして宗教改革から生じてくる新たな形式の統治こそ、フーコーが問題にしようとしている統治である。表面上様々な変化が生じてくるこの時期の、その背後にある権力の変貌がどのようなものであったのかが問題となる。

統治は超越的な君主としてではなく「多種多様な統治の一つとして、君主は国家を統治する」(28)。魂、家族、国家の統治。とりわけ近代においては、家族の統治(エコノミー)との類比が、国家統治に対し本質的に賭けられていた。法的に禁止するより、国の物事をより良い方へと導く統治術が現れてくる。

第2章「国家理性(一)—国家理性とマキャヴェリ

中世の神から君主に至るまでの連続的な統治に対して、この断絶は1580–1650年頃における国家理性概念の登場は、国家それ自体の論理の登場を示すものとして理解される。ただし統治術に結びつく国家理性を、フーコーマキャヴェリではない所に見る。

マキャヴェリ的な人々のうちに、国家の創設や拡大よりむしろ、国家の保守のための言語としての国家理性を見出すことができる。そのような国家理性は、近代国家のうちで、現実の理解可能性の原理として様々な物事の論理へと結びつけられ、また、統制的理念として目指されるものとして機能してゆく。

第3章「国家理性(二)—クーデタと反乱」

本章では、マキャヴェリの立場に近いノーデとベイコンについて、フーコーはあえてマキャヴェリからの距離を強調し国家理性論から統治性を導き出す。ノーデのクーデタ(国家自身による法の超越)は国家のために誰かを犠牲にする司牧制として取り出される。

ベイコンの反乱(服従者が引き起こすもの)については、それを論じながら反乱を鎮圧する側へと関心を集中させる。権力は、ホッブズが述べるような闘争の終焉ではなく、反乱の抑圧という闘争状態のうちに見られることになる。こうして国家理性論は、様々な物事の一括した統治の議論へと向かってゆく。

第4章「ウェストファリア的秩序」

フーコー曰く、ウェストファリア条約を契機として「王朝間の対抗から諸国家の競合へ」の移行が生じ、国力増強のための二つの装置、一方で外交–軍事装置、他方でポリスが生み出されることとなる。ただし、当該条約に国際的競合の契機をみる解釈は近年否定されている。

とはいえ、古典主義時代において主権国家間の均衡が生じ、内政的なポリス、対外的な外交–軍事装置の誕生をみることは可能である。このような政治学上の「力」の均衡は、まさに同時代に誕生した物理学的な動力学と類比的に理解されうる。著者は、ライプニッツホッブズスピノザに言及している。

第5章「ポリス論」

フーコーの「ポリス」概念の内実については第4節で提示される。15–16Cにおいては支配が行き届いた共同体の状態がポリスと呼ばれるのに対して、17C以降は国家の秩序を維持し力を増大させるための手段の総体を指して言われることになるという。統計学はそのための道具として働く。

フーコーのポリス論は国家理性論の延長線上にあり、その分析は特に「知と権力」に置かれる。17Cポリスが対象とするのは「社会性の空間すべて」だとされ、そのような統治において、人々の共存形式や活動の全てが「国家の力」として認識され、人々のよき生と国家の目的が関連づけられることとなる。

第6章「ポリス、都市、都市計画」

ポリスの対象は都市であり、都市ゆえにポリスがあるという仕方で、ポリス化と都市化は重ね合わされて理解される。フーコーは講義でル・メートルの『首都論』、人工都市リシュリュー、ナントの改革プランを取り上げ、それぞれに特徴的な都市の捉えられ方を指摘する。

そこでは、ル・メートルの示す首都のあり方は国家の中枢としての役割をもった都市をめざす主権に関わり、リシュリューの人工都市は空間を建築化して機能的な配分を達成するような規律に関わり、ナントの都市は起こりうる出来事に備えて環境を整えるセキュリティに関わるものとして提示されている。

第7章「病と衛生」

前章の都市論と後章の人口論とを結びつける役割を果たすものとして、フーコーによる癩病・ペスト・天然痘の扱いが紹介される。それぞれの病に対する特徴的な対応をみることによって、そこから統治の三形態が取り出される。第一に、癩病は排除を基本的に排除をもって対応される。

対して、ペストは、監視や細分化、取締り、個別化といった規律によって対応される。日本での癩病の扱いは排除と規律が混じったものであったし、フーコー自身、19世紀以降これらの組み合わせによる対応が様々な場面で登場してくるという。天然痘は予防という観点から人口のセキュリティに関わってくる。

第8章「人口の誕生をめぐって(一)」

人口概念の誕生に関し、死亡率・平均余命・リスクとの関わりが紹介され、さらにペティとグラントの『死亡表』の重要性、そして人口学の創始をどこにみるかが検討される。ダニエル・ベルヌイが提示した接種の有無による平均余命の変化が大きなインパクトをもつ。

ベルヌイの平均余命の議論に対するダランベールの反論は重要である。「個人にとって、特定者である自己を保存する利益が第一である。他方国家にとっては、すべての市民は無差別に考慮される」(ダランベール, 194)。個人の観点において考慮されていた健康や寿命が、国家の観点にとってかわる。

国家の観点から人間の寿命を考察することは、そこに規則性を見出そうとする『死亡表』(1662)の登場においても見出しうる。人口学はそこから始まったとも言えるが、先立つ16Cの国家理性論者が国家の至福を語るというときにもまた、その背後には人口概念が見え隠れしているとフーコーは指摘する。

第9章「人口の誕生をめぐって(二)」

17Cの新旧論争の文脈の延長上で、古代の人口と18Cの人口を比較するヒュームの論考が現れてくることが指摘され、そこにおいて人口というテーマが良き政治や治世というものにとって重要な要素となることが明らかにされる。

論争はモオー『人口論』(1778)で一応の決着をみる。人口に関する規則性に関し、従来の『死亡表』が題目通り死亡数に着目していたのに対し、モオーは出生に注目する点で画期的であった。このとき対象になるのが生きた種としての人間である。著者はポランニーをひきつつ「人口」の内実を明らかにする。

ポランニーが描くのは、人間社会には法や統治が必ずあるというスミスの主張に対して、タウンゼントが野生動物の数の均衡のような仕方で人間社会の秩序を考えた、ということであった。人間を他動物と同等のひとつの種に沈めるアイデアがここに潜み、マルサスダーウィンに影響を与えてゆくこととなる。

第10章「確率・統計と人口」

統計や確率について、フーコーの講義からはみ出しつつ近代の新たな思考様式の登場として紹介する力の入った章。確率と人口学はセットのように見えるが、その登場から考えてみると両者は最初からひとつであったわけではない。

パスカルの確率論は基本的に賭博に関するものであった。そのような賭博的方法を人口学に組み込むためには、あらたな社会的認識が出てくる必要がある。結局、ケトレ統計学を契機として人口データと確率の関係は切り離せないものとなっていく。つまり人口学と確率は歴史的に「合流」してきたのである。

第11章「食糧難と穀物ポリス」

規律による直接的な統治ではなく、人口という自然的で不確定な要素を組み込んだ上で、それを環境を介して操作するという新たな統治のテクノロジー登場を説明する過程の一事例として食料難が取り上げられる。食糧難は単なる飢饉ではなく、政治的なものとして理解される。

食糧難に対する政治的介入は「穀物ポリス」の仕事であった。自由化論者と対比的に、ポリスは監視や強制という手段で介入を行なっていく。ただし、単に合理的な経済活動を理由として監視や処罰を行うというより、むしろ「モラルエコノミー」の守護者として人間の悪徳的貪欲を監視する存在でもあった。

第12章「穀物自由化論」

18C中頃の穀物取引の自由化論争のうちに、新たな統治のテクノロジー登場を表すエピソードの一つとして理解される。元来、人々は政府はポリスを通じて穀物取引を規制してきたのであったが、自由化論者チュルゴーは、小麦の流通を活発にするために商業活動を奨励する。

チュルゴーは現実の政治の機微を理解して、食糧難が人々の偏見や迷信によって生じるものだとしても、その影響を重視し民衆を安心させる措置を講ずるような政策をとる。民衆はポリス規制の方に公正な取引の安心を感じていたが、そこに自由を組み込んで新たな統治の形を提示したのがチュルゴーであった。

第13章「フーコーによる自由主義の解釈」

市場は古くからあったが、それは付与された特権の場としてであった。自由主義の登場は、市場をそれ自体が自然的・自体的なメカニズムとして捉え返すことを可能にするのであり、そこでのアクターとして、それまでの人民概念から切り離された「人口」が現れる。

ホモ・エコノミクスとして理解された人口もまた、善悪の基準に基づく道徳的共同体の臣民ではなく、真偽の基準に基づく自然的対象として考察されることとなる。欲望を唯一の行為原則とする人口に対して、従来の強制による介入ではなく、それを誘導するような自由主義的な統治の技術がここで必要となる。

第14章「ホモ・エコノミクス

本章前半ではホモ・エコノミクスとしての人口が、利益や情念といった概念からいかにして生じてきたのか、後半では功利主義と規律、自由主義の関係が明らかにされる。政治思想史が明らかにした経済社会の出現の中心的概念が「利益」であった。

ハーシュマン『情念の政治経済学』によれば、利益概念は情念論に端を発するものである。フーコーは、イギリス経験論における「自己利益が正義をつくる」という、理性より情念に基づく主体的な契約のあり方に注目する。個人の利益の多側面にわたる不透明性は見えざる手の自由主義へと結びついてゆく。

第15章「統治とエコノミー」

アーレントが指摘するような私的でも公的でもないような新たな領域の誕生、そして近代以降に「政治経済学」という矛盾した要素を組み合わせたような用語が現れる事態、これらの端緒がどこにあるのかを明らかにする章。とにかくエコノミー概念の変遷は錯綜を極めている。

国家の統治と家の統治を類比的に捉えることは、ボダンやベイコンにおいて既になされていたが、「政治経済」の語をセットで使用した最初の人物としてはテュルケが挙げられている。また18C半ば以降に浸透してゆく政治経済学の用例と、ルソーのエコノミーポリティーク論の距離についても触れられている。

第16章「市民社会

18Cのレッセ・フェール的主張がその登場を示したような経済主体的な人口は、法的な仕方で統治されうるものではなく、統治の変容の必要性を迫るものであった。そうして統治技術が生み出した対象が市民社会であり、経済を邪魔しない仕方で社会の分断を防ぐことが統治の役割となる。

市民社会の誕生を、フーコーはファーガスン『市民社会史』(1767)に見出す。societas civilis に連なる術語は、古代ローマから17Cに至るまで用法は様々だが、基本的に政治社会と同義的なものとして理解されてきた。法–政治、経済と区別された市民社会の出現こそ生政治誕生を徴す出来事であった。

「おわりに—哲学と歴史について」

フーコーが統治性を主題とした講義のなかで描き出したのは、ぶつかり合う言説同士の闘争の歴史であった。それこそ「知への意志」と呼ばれるものであり、そのような概念闘争への参入こそが思想家が思想家たる由縁でもある。

複雑な歴史の再構成が謎を顕にし、それを解きほぐそうとする努力の中で、問いは以前とは違うものへと変貌してゆく。問いのステージを移行させる作業という点において、フーコーは、題材もアプローチも変わっていたとしても、哲学をしていたといえる。新たな問いのステージは新たな闘争を可能にする。

*1:この記事で書かれている感想は読書会での議論に拠っています。読書会のHPはこちら→ https://psy-soc.web.wox.cc/

蟻がアイスを運んでゆくという事

投げ捨てられたアイスの棒にはいつの間に無数の小さな蟻が群がっていた。まだ昼間の暑さを忘れられないアスファルトの上で、食べ残したアイスは溶け出した。夕日に照らされて少し輝いている。

このアイスの棒はなぜ捨てられたのだろうか。単にベタベタするから、それとも外れてしまったからなのだろうか。両端の丸みは誰も傷つけまいとする優しさだ。やきとりの串とは違う。

この蟻たちはどこから来たのだろうか。蟻の列はどこまでも続いてやがて俺たちの見ることのできない穴の中に消えていく。穴の中で蟻たちは何をしているのだろうか。永遠とアイスを運んでいく黒い列は、まるで誰もいない街で動き続けるベルトコンベアーのようだ。

夕暮れは人間も、虫も、鳥も、みんなにそろそろ1日が終わりだということを教えてくれる。冬は日が短いのでいつの間にか外は真っ暗なのだけれど、この季節の夕方はまだかまだかと待っていてもなかなか空は暗くならない。ただ空気だけが少しずつ夜に近づいていくのを感じることができる。のんびりと暮れる日は1日の終わりに穏やかさを教えてくれるように思う。

アイスの棒に群がったこの小さな蟻たちも、そろそろ巣に戻って休むのだろうか。黒いベルトコンベアーはその時やっと生き物だったことを思い出す。そのあとはただ、蟻たちが全部持って行ってしまったのか、それとも暑さに蒸発していったのかわからないが、綺麗な棒が転がっているのだろう。

そして、アイスの棒は相変わらず優しさを湛えてそこにあり続けてゆく。

【読後感想文】山本信『哲学の基礎』北樹出版, 1988.

全体に関して

本書はもともと放送大学の教科書として書かれたものであり、教科書としての初版は1985年、その後1992年に改訂版が公刊されている。著者の山本信は『ライプニッツ哲学研究』(東京大学出版会, 1953) という名著を二十代のうちに執筆し、その後、哲学に関して幅広く(とりわけ形而上学に関して)活躍した人物であると、私は認識している。

哲学一般に関する入門書がどのようであるべきか、という問題に対するひとつの回答としてこの本を読むことができる。冒頭で山本は次のように述べている。

哲学は、求めなければどこにもないが、気にし始めればいたるところにある。

哲学のなかには無数の分野があり、それぞれにおいて綿密な議論が繰り広げられている。それらをひとつひとつ学んでいくことは時間をかければできる。だが、それ以前に、なぜ哲学的な問いを考えなければならないのか、という部分でつまづく人も多いように思う。哲学など無くても生きていけるし、哲学を学ぶことが直接的に人生を豊かにしてくれるというわけでもないとしたら、なぜ哲学を学ばなければならないのだろうか。

哲学を始める一歩手前に存するこの問いに対して、なんらかの答えを掴み取れるように案内することが、哲学一般の入門書に課せられた使命のひとつであろう。山本は哲学史家であるから、過去の哲学者たちの歩みのなかに、哲学的問題に乗っかるためのヒントを見出そうとする。哲学の歴史は、哲学的な問いそれ自体と、そのような問いを発見する方法との見本市のようなものである。

そうして哲学の門の前に立ったならば、人は自身でそれを求めることができるし、求め始めれば、いたるところに哲学を見出すことができるのだろう。

 

    

 


読書メモ(各段落の最後に付されている番号は大体の頁数)

「哲学そのものは、名詞で名ざされる特定の内容の知識や理論としてでなく、哲学的にものを考えるという知性のあり方を示す副詞、あるいは哲学するという動詞としてのみある」。とはいえ「真理の探究としての哲学が、詭弁的な謎解き遊びや独善的な処世訓などに」終始するべきではない。 17

最近話題の「哲学史の意義」が第2章である。意義は二つ。1、自身の意見を支えるのは事実による検証でもなければ形式的な論証でもないがゆえに、その洞察力を哲学史から学ぶべし。2、哲学の本質的な歴史性。当時の歴史的規定において哲学史を学び、現在に新たな形で問いを立て直すべし。

哲学の諸部門について。 1価値論、1.1認識論・1.2論理学。 2存在論、2.1特殊的・2.2一般的。 3価値論、3.1宗教哲学・3.2美学・3.3倫理学。 これらの諸部門は普通は同列ではなく主従関係においておかれる。それゆえ、言語表現の意味に関する論理的分析に全てを吸収する立場などがありうる。 39

subjectはもともと「主語」であり「述語」と対概念をなしていた。存在論的には「事物が示す様々な性質や状態の根底にあって、それらを支え統一しているもの」であり、「主体」や「実体」とほぼ同じ意味をになっていた。objectumは「前に置かれてあるもの」であり相対的な現れであった。 –60

subjectumとobjectumの対概念は18世紀半ばごろまで古い用法にとどまっていたが、とりわけカントにおいて「認識するはたらきの主体としての人間のあり方」を示す用法としてSubjektが使われるようになっていく。ここに思考体制の原理的転換が表現されている。 60

「「観念論」といえば、現在の世間的な言葉づかいではたいてい悪口として使われており、現実から遊離して言葉の上だけで観念をあそぶ空虚な理論、といった意味合いで理解されることが多い。しかしこの名称はまったく逆のことをも意味しえた。… 69

…すなわち、われわれのもっている諸概念を根底から検討し批判するとともに、新鮮な観念体系を提起して思想の惰性をゆりうごかし、時代を推進してゆこうとする主体的、創造的な思考態度のことだったのである」 69

「…主義」と「…論」が似たような意味で使われている問題について。観念論とかは観念主義とかだと、あまり落ち着きがよくない。しかし「…論」には「特定の事柄を主題的に取り扱う理論」という意味で使われることもあり、「存在論」「認識論」なんかの「…論」と紛らわしい。改善を望む。 71

近世に現れてきた他のすべての問題に先立つような認識論は、「自分自身の認識能力について反省するという形をとりながら、それに照らして既成の理論の根拠を検討しなおす」ものであった。それ以前の哲学に対する批判という形で登場し、近世哲学を大きく特徴付けることとなる。 73

唯名論的立場そのものからは、次の時代を担う合理性の体系が出てくるわけではない」。既成の秩序、すなわち全時代の合理性の体系にたする批判としての認識論からの批判は、さらに進んだ新たな「実念論」へと結びつく必要がある。それが主体性の形而上学であった。 –80

「合理主義」を考える上で問題なのは「いうところの「理性」がどのような役割を演じ、何をもって「合理的な」ものとするか」ということ。「ある形態の合理性が世間に受け入れられ、さらにはそれが自明のものとして常識化していくことが、思想史的に一つの「時代」を画するのである」。 81

近世的な合理主義の特徴は能動的・自発的であるところにもとめられる。その合理性は古代ギリシアにおける「理法を観想し受容する態度」とは異なり、「世界の合理性はわれわれ自身の理性のはたらきによって構成され実現されるべきもの」という立場となる。この後めちゃくちゃカントしてる。 –92

第9章近代科学の思想史的意味。近代の合理性のもう片翼「知識の客観性ということに真理と存在の基準をおく考え方」について。近代科学の方法とは「等質的に無限にひろがった空間という宇宙像のもとに、現象そのものの変化と差異を、諸事物の共通の因子を用いて記述する」というもの。 100

自然学と物理学はどちらも « physica » である。アリストテレス流のphysicaが諸実体の本性によって説明されるべき自然の学だったのに対して、「実体の不変の本性のかわりに、現象の変化の法則を求める」学問が整備され「物理学」となる。 –102

科学的思考について。「現象の背後の本質や形相といった事柄にかかわることを避け、現象そのものの変化と差異だけを問題にする方法論」。さらに実際に検証されることのみが「知識にとって積極的な内容」であり、実証主義的な立場が取られる。科学的思考における感覚的事実の重要性。 103

« positivism » 。コントの「実証主義」であるが、そのもともとの語義は「措定的、肯定的、積極的」というものでしかない。同時期の後期シェリングが同じ語を使う時には全く異なる意味であった。また自然法-実定法のpositiveとも違う。コントは「実証主義」という立場の表明をしている。 104

「科学上の理論が機械論的に解釈されたのは、自然の法則性と因果関係とが重ね合わされたことによる」。作用因の型にはまるものだけを因果関係として規定することによって、前方におかれた原因によって因果を考える目的論は虚妄として避けられる。 108

「自然全体を機械として見るということは、実は、すべてのものを人間が自分の目的に合わせて操作しうるとすることにほかならない」。機械論は自然そのものから目的を剥奪して、自然を人間の技術的関心の支配下におく。知は力なり。これは結局人間的目的論のもとに置かれることである。 109

科学の問いとは「いかに」である。これはしかし、「なぜ」や「何であるか」といった問いからは異なる役割を担うものである。「「いかに」については知りつくしているにもかかわらず、そのものに対し新たな驚きや疑いの念をもって「何であるか」を問いなおす場合」など意味が問題になる。 112

山本は科学理論の斉一性について「外挿法」という仕方で特徴付ける。「魔神のようなものを想定して世界全体を規定してかかろうとする考え方そのものが特徴的である。これは一般に外挿法(extrapolation)の手続きであり、その無際限な適用が要請されている。 116

近代の科学的思考は、存在の階梯のより下なるもの(無生物ないし物質など)に上位のものを還元して説明しようとする傾向を持っている。つまり階層的存在論を壊していくことになる。こういう思考の方向性が生物機械論的な思考を発展させていく。 –121

自由の問題について「量子力学における「不確定性原理」のことを持ちだし、脳における素粒子レヴェルの不確定性が、身体の諸過程をつうじて、いわば増幅され、ある範囲での自由な行動となる、というふうに論じられることもあるが、あまり有効ではない」。主体性の問題とは別のことだから。 140

真理論はそのつど取り扱っている問題場面を特定した上ではじめてまとまった理論として成り立つものである。ところが哲学は「事柄の全体と自己のあり方そのもの」について問わねばならぬ以上、真理論の真偽を問うという逆説的事態を引き受けなければならない。 152

「哲学は一定の公認された知識内容として学ばれうるようなものではなく、その存在と意味とを、つまりその真理性を、各人が自分で担わねばならない、ということにほかならない。同時に、しかし、まさにそうであればこそ、哲学する者は特定の学説のなかに安住することなく、自説が全面的に否定される可能性に対し、いつでも理論の外に出て身を開いている姿勢が必要なのである」 152

参考文献について。「何よりも、本書の中で生が出てきた人々自身の著作を、直接読むことが最も望ましい」。 173

「次に、われわれと同時代の日本人が書いた優れた哲学書や論文を読むことが大切である。ところが本書の読者にすすめたいものの名をあげだすと際限がないので、このことは今は断念する。どんな本を手にするかは、各人の見識と運にまかせるほかない。しかし、ちょうど旅をするときのように、初めからすっかり準備されたとおり歩いていくよりも、あるところからは自分で見当をつけて遍歴し、迷ったり失敗したり損をしたりしながらやってゆくほうが、哲学においても、本当に自分のものといえる収穫を身につけることができるであろう」。 173

あとがき。「理論と実践との間、学説と生活との間には、いつも裂け目がある。その間隙に正確に自分の中心を位置づけ、よく生きる知恵を求めることこそ、哲学する者の姿勢なのである」。 –175

『モナドロジー』第33–35節に関する些細な(しかし重大な)事実

ライプニッツは『モナドジー』§ 33 *1において、「思考〔推論〕の真理」と「事実の真理」という二種類の真理を提示している。「シーザーがルビコン河を渡った」および「ルビコン河を渡らなかった」という命題は、現に存在するシーザーに関して言われるような事実の真理である。反対が可能であるような命題は、この世界に現に存在するシーザーを参照することではじめて真偽が確定するものである。他方「思考の真理」と呼ばれているのは、反対が不可能であるような必然的命題であるとされる。それゆえに、こちらの命題に関しては、現実に存在するものを参照することなく演繹に真偽が決定される。

以上のような真理の区別が提示される § 33 であるが、同時に、この節は書かれた順序からしても重大な意味を有している。

Robinetの注*2によれば、『モナドジー』§§ 33–35 は § 36 の後ろ部分の余白に付け足された部分だとされる。たぶんライプニッツは § 32 の後 § 36 を書いて、その後すぐに§§ 33–35 を付け足したのであろう。じっさい、§ 36 の数字は書き直されているが、§ 37 の方は特にそのような痕跡はないからである。

たしかに § 32 から直接 § 36 に飛んでみても、話の流れとしてはおかしくない。ただし、そうした場合に § 36 で突然「事実の真理」が登場することとなってしまう。これも推測になってしまうが、ライプニッツはこの説明のために § 33 で「事実の真理」と「思考の真理」をあげていると考えられる。§§ 34–35 が § 33 の補足的な説明であると考えるならば、これらはセットになって §32 と § 36 の距離を埋める役割を果たしているといえよう。

こうした事実は『モナドジー』という著作がたんに思いつきの順序で書かれたのではなく、前から後へと順を追って読むことを想定して書かれたものであることを示唆してもいる。

*1:Il y a aussi deux sortes de vérités, celles de Raisonnement et celles de Fait. Les vérités de Raisonnement sont nécessaires et leur opposé est impossible, et celles de Fait sont contingentes et leur opposé est possible. Quand une vérité est nécessaire, on en peut trouver la raison par l’analyse, la résolvant en idées et en vérités plus simples, jusqu’à ce qu’on vienne aux primitives (§ 170, 174, 189, § 280-282, § 367. Abrégé object. 3).

*2:Principes de la nature et de la grâce fondés en raison – Principes de la philosophie, ou Monadologie, éd. A. Robinet, Presses Universitaires de France, 1954, p. 88.

【読書感想文】酒井健太朗『アリストテレスの知識論:『分析論後書』の統一的解釈の試み』九州大学出版会, 2020.

酒井健太朗『アリストテレスの知識論:『分析論後書』の統一的解釈の試み』(九州大学出版会, 2020)の各章に対する私のメモと、全体に関する簡単な感想をまとめておく。本書は博士論文(2018)がもとになっているということもあり、新しくて野心的でありながら、詳細な議論が展開され、高い熱量を包蔵した著作であったことを、まず述べておきたい。

  

全体に関する感想

題名にもある通り本書では、『分析論後書』が全体として何をしているのか、という問題に関して統一的な答えを提出しているように思われる。アリストテレス自身のテクスト上の混迷だけでなく、研究史上の混迷をも乗り越えて、ひとつの筋道をつけるような一冊であった。10の章に対応する、あるいは4の部に対応する個々の議論においては、丁寧に先行研究が批判検討され酒井氏自身の見解が示されている。ややもすると複雑な議論のつながりの中で迷子になりかねないところを、適宜挿入される「前節では〜」という指標や、「第○部では〜」というマップによって助けられた。ありがちな比喩になってしまうが、著者とともに山を登るような感覚の本であり、最終的に頂上(「結論」)から見下ろす全体は、清々しいものがあった。

本書を読んで、アリストテレスのバランス感覚を思い知った。知識というものの客観的なあり方を論じつつも、それが常に「われわれにとって」のものであるということは重要である。後にカントがなしたような仕事とは別の方向から、知識の客観性が担保されているようにも思われる。すなわち「専門家」およびその共同体によって共有された言葉への着目という点である。これには驚かされた。それを読みながら、私の頭のなかには17世紀にアカデミー的な学問共同体を構想していたライプニッツの姿があった。

ライプニッツが立つ代数的な思考の次元においてもまた、記号とはある種の省略であり、より高い知識へとたどり着くための道具となっているといえよう。原理や原因がどのようになっているかをいったん脇に置いて記号として対象を扱うことで、毎度毎度その「実在的定義」を参照する必要を取り除くのである。このことは学問の協働ということを容易にするし、それを進展させるという点では必要不可欠でもある。

アリストテレスの(とりわけ『後書』における)知識論が教えてくれるのは、まさに個別学問を始める前に知るべき方法論であり、ある意味では学問一般(形而上学に対する態度と、他の学問に対する態度は異なることが第10章では示されてはいたので、そこには区別が必要ではあるのかもしれないが)に対する態度であったように思う。「哲学研究は、より大きな一般性に向かっての航海である」とホワイトヘッドは述べたが、アリストテレスの「オルガノン」(学問の道具)は、そのような一般性を提供する道具ともなるものであろうか。

普段はアリストテレスの関するものを読むことはあまりないので、慣れない読書で大変ではあったが、多くの刺激をうけることができた。酒井氏の本をきっかけにして、今後は、この辺のトピックにも少しずつ触れてゆきたいと思う。感謝、感謝。

各章に関する読書メモ

「序論」

『分析論後書』に関する硏究史の簡単な整理とその解釈上の困難に関する紹介、本書の目的が提示される。「『後書』の有用性と限界点を指摘し, 可能な限り統一的なアリストテレスの知識論を抽出することを目的とする」(9)。何についてどの観点から一貫性を見出すかが重要になってくる。

研究史における『後書』の他のアリストテレス著作間での位置づけのコンセンサスのなさに加えて、その本自体の内容がもつ「手稿の蒐集」(9)とも言えるような統一感のなさ、この二つの側面に対してある種の秩序を与えてあげることが、この本でなされるべき課題であると理解した(読了後、この課題は果たされたと感じた)。

第1章「『分析論』における「分析」の意味」

アリストテレス知識論を、分析と総合という観点から掘り下げてゆくために、本章では特に「分析」概念が明確化される。古代数学で用いられた分析概念は、アリストテレスにおいては幾何学にとどまらず一般言明や行為にまで拡張されている点が指摘される。

『後書』における「探究」概念が分析と同様のものであることが示される。月と触をつなぐ中項「地球の遮り」を見出す作業こそが分析であり、こうして与えられる原因の探究を進めることで因果的な定義を最終的に決定することが目指される。また中項の発見は論証(推論)に組み入れられ総合されもする。

第2章「必然性・自体性・普遍性:『後書』第1巻第4章–第6章」

論証的知識は必然性を要求するが、その際の必然性をアリストテレスがどのようなものとして考えていたのかについて、本章では自体性と普遍性の概念を軸にして論じられている。最終的に必然性の程度を許容する知識の在り方が提示される。

アリストテレスは自体性の概念を「何であるか」に関わるような形而上学的なものを超えて、より拡張されたものを考えている。そこでは、釣り合いの取れた普遍という論理的必然性が入り込むことで、形而上学的必然性だけでは不完全なままである論証をより理想的なものへと仕立て上げることが可能となる。

第3章「基礎措定と定義」

論証の原理に含まれる措定は、基礎措定と定義とに区分される。本章ではそれぞれの内実を明らかにした上で、単に基礎措定から定義への一方的な関係ではなく、相補的な関係があることが示される。基礎措定は、論証以前に論証に登場する被定義項の存在を措定するものである。

他方、定義は基礎措定によって置かれた類の存在を踏まえ、それが何であるか(「QはTである」)を示すものである。「アリストテレスにとって学的論証の探究は存在するものか進行する」(72)ため、基礎措定は重要な役割を果たすが、定義なしに基礎措定は働くことができないため両者は相補的だとされる。

第4章「類と自体的属性」

本章では『後書』第2巻第13章が検討される。とりわけ、混雑した仕方で示されている類と最下の種、自体的属性等の関係を明晰なものとし、その作業を通して、アリストテレスの知識論におけるこのテクストの位置づけを示すこととなる。また他のいくつかの解釈も批判される。

ここでの論証とは、複数の類に関するものではなく、ある特定の類において自体的な属性を明らかにするものである。例えば、幾何学の類において、線などの最下の種の定義から付帯的に生じる事象の自体的属性を示す作業が論証となる。この方法論は知識論において論証を超え探究にも拡張可能性を持つ。

第5章「「名目的定義」の問題」

第2部は『後書』第1巻の論証理論が中心的に扱われてきたが、ここからの第3部では第2巻の探究論へと話題が移ってゆく。本章では探究の端緒となるところの「名目的定義」が、アリストテレスが提示する他の3つの定義とともに提示され、それぞれの関係が明らかになる。

従来の研究では名目的定義そのものの重要性が低く見積もられることがあったが、この定義を、探究の端緒、つまり現象に関して原因(中項)までを含んだ「完全な定義」へと辿り着く前段階「部分的定義」として解釈することで、その重要性と必要性を明確にしている。

第6章「『後書』における「意味表示」と「ある」の問題」

対象となっている概念の意味と存在の関係を検討する章。「種語の意味を(存在するものの)指示や本質に関係するもの」(116)として捉え、意味と存在の結びつきを強くとる現代本質主義に対して、ある解釈者はその関係を弱くとってもいる。

本章では、アリストテレスの意味論が現代本質主義と(同一ではないにせよ)近いものであることが示される。このことは、彼の論証が単に言葉の上でのものではなく対象の実在を含意するものである、ということにも関わってくる。「存在」と「何であるか」により食い込んだ概念」(129)としての意味表示が提示される。

第7章「アリストテレスの探究プログラム」

「Xがあるかどうか」という探究が、いかにして「Xという事実」と区別され、「Xは何であるか」という問いに先立つのか、が本章で論じられることである。まず「Xという事実」の探究はデータ収集であり、「あるかどうか」は名指されるものの存在の探究である。

また「Xが何であるか」に「Xがあるかどうか」が先立つのは部分的定義を知るということにおいてである。さらに不確定な仕方ではあるが名指されたものの中項が予測されるという意味で、あるかどうかの問いは中項探究と重ね合わされる。ここまで第3部の議論を通して、論証と探究の相補性が明らかになる。

第8章「意味と思考」

『命題論』の解釈から語の意味が実在に由来すること、さらに虚構的対象(ここでは合成名詞=山羊鹿が検討される)に関しても間接的な仕方で実在への参照を有している。このような意味論を『感覚と感覚されるものについて』のテクストから拡張する可能性を探ることとなる。

実在そのものへの参照なしに、すでに共有されている言葉によってその対象の意味内容を獲得することができる。このことは「すべての人の協力から真理の入り口に立つことができる」というアリストテレスの楽観的真理観の前提となっており、言い換えれば彼の意味論が知識論の背景となっていることを示す。

第9章「第一原理の布置—経験と知性」

この章では、『後書』第2巻第19章に関して、経験からいかにして第一原理や基礎に置かれる類といったものが導き出されるのかが論じられる。さらに、そのことから経験的な事柄と知性的な事柄との関係も論じられることとなる。

事実のリストを連言的に有しているがその原因を把握していない状態が経験である一方で、それらの基礎に置かれる類を原理として認識し、その真理性から知識を確実なものにできる状態を知性とすることになる。このような意味で、アリストテレスは経験主義者でありかつつも、知性主義的でもあるとされる。

直接本章には関係ないが、ライプニッツが『モナドジー』第28節で述べる経験派の医者への批判を想起する。表象の連結が記憶による場合には経験的である一方で、精神はそれを理性的な根拠に基づいても把握する。明日も夜が明けることの判断は誰もがしているが、天文学者においてのみ理性的なのだ。

第10章「『後書』は誰が読むべき著作か」

ここでは少し議論が変わって、これまで語られてきた論証や探究の方法論的な記述が、どのような人々に向けられたものであったのかが検討される。聴衆の明確化は、読解の上で重要であり、それに基づいて内容を差し引いたり付け足したりして解釈する必要があるだろう。

『後書』の聴講者は、個別学問の専門家ではなく、推論や論証について体系的な知識を持たない者であり、彼らに学問の方法論を教えることが目指されている。この方法論は形而上学には避けるべきものとして、それ以外の学には適用されるべきものとして、個別の学以前に学ばれるべきものである。

結論

確実な知識とは何か、10の観点を巡ってなされてきた議論が、異なる順序で配列されまとめ直されることで明晰に提示される。アリストテレスの考える知識論は、外在主義的でありながら、認識主体が何に「信を置く」かということに関わるような内在主義的傾向をも持ち合わせたものであった。

そのような知識は、専門家集団に由来すると同時に、そこに属する一人一人の認知能力「徳」にも関わるという点で、個人主義的でありながら「社会化された認識論」にも親和性をもつ。個人的には、こういった学問観と、スコラの討論形式や近世的アカデミー、啓蒙時代の百科全書との関係など気になった。

【読書感想文】野矢茂樹『心という難問:空間・身体・意味』講談社, 2016.

野矢茂樹『心という難問:空間・身体・意味』(講談社, 2016)を読み終わったので、簡単な感想と読書メモをまとめておく。厚い本だと思って読み始めたが、具体例が多く、サクサクと読み進めることができた。だいぶ昔に読んだ同著者の『哲学の謎』(講談社学術新書)も面白かったので、お勧めしたい。

  

全体に関する感想

「他人の心や意識はどうやってもわからない」と「意識は物理的に理解することができる」、これらの極端な見解を行ったり来たりしながら、日常というものが成り立っていたりする。本書が最終的にたどり着くのは、経験というものはある程度は公共的でありながら、ある程度は私秘的なものであるという、なんとも煮えきれない解答である。しかし、その解答までの道のりで提示された眺望論や相貌論といった理論は、我々の経験の公共性の起源を描き出すものであったし、それと同時に、私秘性の源泉を洗い出す作業でもあった。われわれにとって語り得るものとは何で、語り得ないものとは何であるのか、その範囲を明確にすることは、少なくとも、哲学にとって重大な作業のうちのひとつであろう。

ところで、第1章を読んでいるときに補足としてメモしたことがあった。『花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも』という作品が、なぜこの作品の表紙としてとりあげられているのか、このことの理解をこの読書の成功/不成功の基準にしようというのである。果たして本当のところは(それこそ野矢氏の意図というものは)完全には理解しかねるが、とはいえ、まさにそのことが表現されていたのではないだろうか。公共的な仕方で経験はある程度は「裸にされて」いくのだが、そうして「さえも」取りこぼさざるを得ない部分として「心」が逃げ去っていくということ、これがデュシャンの『大ガラス』を通じて言われていたことだと、私は理解した。

各章に関する読書メモ

第1章「漠然とした問題」

われわれは、ときどき自分だけが実在し他人は「意識なき」哲学的ゾンビに過ぎないというような気分になることがある。あるはずだ。そのこと自体はいいのだが、ゾンビ+意識が普通の人間だとすると「ゾンビ」だとか「意識」という語は何を指しているのか。

補足。そういえばこの本の表紙の背景は駒場博物館にある『大ガラス』と通称されるデュシャンの作品。正式名称『花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも』。これがカバーに選ばれた理由が最終的にわかったら、この読書が成功だったということにしよう。

第2章「素朴実在論の困難」

知覚について我々は通常「私が見ているこの机は机の実物」だという素朴実在論的な考え方を持っている。それは単なる知覚イメージではなく、実在そのものなのだ。しかしながら、錯覚論法はこれに対する強力な反論となっている。

誤った知覚がなされるさいには意識のうちの知覚イメージが実在と異なると説明されるが、ならば正しい知覚もイメージに過ぎないのではないか。誤った知覚において、実在と意識の二元論にたつなら、正しい知覚の際も二元論に立つべきである。野矢はこの錯覚論法を最終的に乗り越えることを目指す。

第3章「二元論の困難」

ここから知覚イメージと実在に関して二元論の立場をとっても、意識一元論の立場をとっても(次章)困難が生じることが順に示されてゆく。二元論的困難の根源は実在からの知覚イメージに対する因果的関係を適切に捉えることがどうやっても出来ないという点にある。

 われわれが「りんごがあるなぁ」と知覚イメージを抱くとき、ならば実在のりんごがその原因になってるだろうと思うのだが、そのような知覚イメージのうちをいくら探してもそのような実在にたどり着くことはできない。知覚と実在は全く違う次元に属しており、知覚のうちから両者の関係を記述できない。

第4章「一元論の困難」

二元論が外的実在との間の根源的な断絶を抱えていたのとは異なり、一元論はその知覚イメージが整合的であればそれを正しい知覚として、その整合的なまとまりを持った知覚イメージの集合こそを実在とみなす。それゆえ、実在は知覚の背後にあると考えられるわけではない。

しかし一元論は存在それ自体を捉え損ねてしまう困難がある。現にある知覚だけから可能な知覚Aを取り出す作業は「条件CのもとでAが知覚される」という形式をとることになるが、その条件というのは「Aが知覚される条件のもとで」という言い方に陥る。また一元論は他者の意識の存在を認めることが難しい。

第5章「他人の心という難問」

ここまでの議論を少し離れて、他人の心を認識する際の困難について考えてみる。例えば、他人が感じてる痛みをどのように捉えることができるのか。一つには、痛みとは内面的なものではなくて相手の表情や振る舞いのレベルに生じてくるものだという行動主義がある。

他方で、痛みとはある特定のタイプの感覚なのだという感覚説がある。行動主義では自分の痛みまで振る舞いのレベルで考えるという立場になってしまったりする。だが、感覚説も自分の痛みを見本にして他者の痛みを理解するとすると他者の痛みそれ自体は理解されない。ここに袋小路がある。

第6章「知覚の眺望構造」

ここから野矢氏本人の理論が展開されてゆく第二部がスタートする。知覚を考える上での三要素として、空間的位置、身体、意味があげられ、この賞ではとりわけ空間においていかにして我々は視点を持ち対象を認識しているかという点が知覚的眺望論という名で論じられている。

知覚的眺望論では、知覚に存する条件的な要素として有視点的把握(パースペクティブ)と無視点的把握(地図)が取り出され、両者が相互に参照されながら我々の知覚が成立していることが明かされてゆく。ここで他我認識の懐疑の根源であった「誰が」ということが問題にならないのは重要な点だろう。

第7章「感覚の眺望構造」

前章で見てきたような空間的な眺望に加えて、本章では感覚的な眺望が提示される。中心的なテーゼは、すなわち「感覚と身体状態の間に成り立つ、このア・プリオリ連関図式こそ、感覚の眺望構造にほかならない。つまり、感覚的眺望の眺望点とは、身体状態なのである」。

感覚説が身体抜きの純粋な感覚を論じ、行動説が感覚抜きの身体的現れのみを論じたのとは異なり、野矢の感覚的眺望においては、身体は感覚の条件として存在している。それは「私」「あなた」のようなものよりも公共的なものとしてあり「私があなたと同じ感覚を得る」ということを可能にしてもいる。

第8章「知覚的眺望と感覚的眺望」

ここまでで見てきた二つの眺望について合わせて考えてゆく。例えば、見間違いという出来事は知覚的眺望における無視点把握と有視点的把握の間の差異であると説明されるが、痛み間違いは感覚的眺望において最初から視点が固定されているため間違い得ない。

後半では色が実在的なものであるかが論じられる。高校の頃、国語の教科書に『哲学の謎』の冒頭の夕焼けは赤いのかという話が載っていて、ずっと考えていた。感覚的眺望のみによって捉えられるべきものではなく、見ていない時にも実在するという「べき」ものとして提示されている。ここは難しい。

第9章「相貌と物語」

ここまでの眺望論があくまで公共的な次元での話だったとすれば、この章で論じられる相貌論は極めて一人称的な次元での世界観を提示している。われわれの世界の認識の仕方に逃れ難く張り付いている「意味」や「価値」といったもの、そういうものが「物語」として語られる。

眺望的に認識された対象は、物語への位置付け方によって異なる相貌を見せる。将棋のルールを知っている人と知らない人とでは、同じ対象でも異なるものとして見えてくるのである。だから、眺望論的に同じような条件に置かれたとしても、対象は多様なものとしてわれわれに現れてくる。

第10章「素朴実在論への還帰」

第9章までで第2部「理論」が終わり、ここからは第1部で示されていた問題に対して回答が始まる。素朴実在論に対する強力な反論として錯覚論法が持ち出されていたが、今や、眺望論と相貌論とから構成された理論によってその困難を乗り越えることができる。

錯覚論法は、錯覚を知覚と同種の経験として扱うことで、知覚を実在とする素朴実在論に対して、全て知覚イメージなのだと反論する。これに対し、錯覚を知覚とを別の相貌のもとでいかなる共通項もないものとして捉え返すことで、公共的な実在が知覚によって経験されることを保証しつつ、錯覚を許容する。

第11章「脳神話との訣別」

野矢が提示する眺望論の立場に立つならば、脳が知覚を生み出すという脳神話は否定されることになる。その際、大森荘蔵の「脳透視論」が援用してゆく。サングラスを通して世界を見ているように、脳を通して世界をみている。

脳に異常が生じたさいに起きる有視点的眺望の変化に伴う因果関係は、無視点な脳科学によっては記述され得ない。また、知覚とは我々の経験の全体なのであるから、そこから外に出て経験の原因を探り当てることは、経験の内部では不可能でもある。眺望の原因そのものにはいつまでも出会うことがない。

第12章「他我問題への解答」および「結び」

単純な二元論において経験の十人十色性は、ここまでの野矢の試みによって「空間・身体・意味」という枠組みで捉え返され、他者の経験の絶対不可知性は解体されることとなる。

他者の経験と全く同じものを我々は経験できないにしても、両者の間には公共の眺望地図と呼ばれるような、公共的な次元が用意されている。個別の心といったものは、この眺望地図に統合され得ないものとして、固有の地位を有する。未統合なノイズと、公共的眺望地図の「あわいに漂うもの」が心となる。