CORPUS ORGANICUM

日々の雑記。

銀杏が落ちた日

空からは色々なものが降ってくる。

「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる」(『出エジプト記』16:4)女の子だって降ってくるかもしれないし、竜巻で巻き上げられた家畜も降ってくる。降ってきてほしいものも、そうでないものも、地球に重力がある限り、空にあるものはいつか落ちてくる。

この地球ができて以来、一番多く降ってきたものは何だろうか。塵か埃か。そうかもしれない。雨はどうだろうか。雨はかなり降ってきていそうだ。

そんな雨の。そんな雨が降るときの、その雨の最初の一滴が落ちてくるのを見たことがあるだろうか。

僕はある。

いや、その雨粒が一番最初の一滴かなんて、わからないじゃないかと言われてしまえば、反論の余地はない。しかし、それでも「ポツリ」と突然落ちてきた雨粒が乾いた屋根の一点の染みになった瞬間を僕は見たのだ。二粒目がポツポツときた後は、いつものあの雨であった。それでも、最初の一滴に出会えたその日の雨は特別なものに感じたりもした。

ところで、大学のイチョウ並木の下を通るともう銀杏が沢山落ちていた。並木道を歩く人々は、最初こそ避けようとするものの、最後まで避け続けるのは困難とみえる。その証拠にたくさんの踏み潰された銀杏が独特の匂いを放ちながら、その存在を主張していた。

その並木道を歩いているときのこと。僕の目の前には白いシャツに青いスカートの、黒い髪を後ろで縛った女の子がいた。抜かすのでもなく、遠ざかるのでもなく、なんとなく後ろをついて歩いていると、その女の子の前に突然銀杏がボトボトっと落ちてきて「わぁ!!」という軽い驚きを聞いた。

それで、ああ、こうやって銀杏もボトボト落ちてくるから、この並木道は銀杏で敷き詰められていくのだな。という、当然のようなことを、もっともらしく納得した。そして、やはりこの敷き詰められ異臭を放つ銀杏の中でも、今年一番最初に落ちてきたやつというのがいるはずだろうと、新たな真理を発見したのだった。

 

最初の一粒が落ちてくるのを見た雨のように、銀杏もそのような瞬間に立ち会うことができたなら、その年は特別な秋になるかもしれない。