わたくしごと註解

17-18世紀の西洋哲学および生命思想史を研究しています。執筆者については「このブログについて」をご覧ください。

身辺雑記

眼鏡で見る世界

いつのまにか目が悪くなっていた。僕の場合、目が悪くなったと言っても眼鏡なしで家の中くらいなら歩き回ることぐらいはできる。さすがに自転車や自動車に乗る事はできないのだけれど。小学生のころはまだ目が悪くなかった。中学生も。たしか、中学の三年生…

誰か人に絡まれて

追記:酔いながら書いた文章、恥ずかしい。 終電間際の電車に乗ってのんびりしていた。乗客は各駅ごとにいくらか入っては出て行く。そのうちの入ってきた若者が僕にぶつかり、何か一人でブツブツ言っている。 ぼくは勇気を出して「何ですか?」と聞いてみる…

また同じ星のもとで

昨夜は『星の王子さま』を読みながら、いつの間にか寝ていた。これを読むと何度でも泣いてしまうので、枕元にはティッシュの箱を用意しなければならない(こういうときのためにも枕元にティッシュの箱は置かれたりするのだ)。 僕は王子さまから何かを教わっ…

銀杏が落ちた日

空からは色々なものが降ってくる。 「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる」(『出エジプト記』16:4)女の子だって降ってくるかもしれないし、竜巻で巻き上げられた家畜も降ってくる。降ってきてほしいものも、そうでないものも、地球に…

生き方としてのプレイ

なぜ生きなくてはならないのか。 この問いにはたぶんいくらでも答えようはある。ただし滅多に説得されることはない。そんな中でもプレイとして生きるという感覚は非常に面白いのではないか。 この考え方は、もともとは、様々な分野で活動しているみうらじゅ…

やるかやらないか

生きていると「選択」をする場面にぶつかる。それも、少し大きめのやつ。例えば、僕が最近した少し大きめの選択といえば「大学院に行くか、行かないか」という選択だった。結局僕は大学院にやってきたし、それでよかったと思っている。 ところで、僕に与えら…

感動的なこと

感動的なことが多い。本はもちろん感動的だし、音楽も、映画も、誰かの言葉の端々も…。なぜなのだろうと疑問に思った。感動したときの自分の気持ちとは一体なんなのだろう。 たいていの場合、目が潤むのが感動の合図だ。感動してるのかな、してないのかなと…

キリンの首はなぜ長いか

www.bbc.com ニュースを見ていたらキリンの首がなぜ長いのかについての記事があった。キリンの首はなぜ長いのかと聞かれたらどう答えるだろうか。「葉っぱを食べるために首を頑張って伸ばした」「高いところの葉っぱを食べることができるキリンたちだけが自…

オルゴールのこと

もうだいぶ前のことになるけれど、日本で最初のオルゴールの博物館「オルゴールの小さな博物館」に行ったことがある。この博物館では、たくさんのオルゴールを実際に音を鳴らして聞くことができる。実は、この博物館は2013年の5月に閉館してしまった。私が行…

ひきだし

深堀隆介回顧展「金魚養画場〜鱗の向こう側〜」のひきだし 先日、深堀隆介回顧展「金魚養画場〜鱗の向こう側〜」を見に行ってきた。彼の作品は、樹脂に金魚の絵を描きつけることで、あたかもそこに本当の金魚がいるかのように見せるものであった。こうして写…