わたくしごと註解

17-18世紀の西洋哲学および生命思想史を研究しています。執筆者については「このブログについて」をご覧ください。

M. ヘッセ『科学・モデル・アナロジー』:アナロジーの種類

昨日も書いた、M. ヘッセ『科学・モデル・アナロジー』の「実質的アナロジー」の章において、いくつかのアナロジーの型が紹介されている。アナロジーと一口に言っても、はっきりと定義されているのではないがゆえに、様々な型が存在している。今回はそれを書き出しておこう。

アナロジーのそれぞれの型を見る前に、少しだけ用語を確認しておこう。「肯定的アナロジー」「否定的アナロジー」「中立的アナロジー」という三つである。例えば、ビリヤード玉を気体分子に関するアナロジーとして使用する場合、ビリヤード玉の全ての性質が気体分子と同質であるとは考えられない。そこで同質であると考えられているのは、運動や衝突という性質であり、このような性質を「肯定的アナロジー」と呼ぶ。反対に、ビリヤード玉の色や光沢といった性質は、このアナロジーにおいては意味をなさないものであり、それゆえ「否定的アナロジー」と呼ばれる。そして、いまだ同質であるかどうか知られていない性質を「中立的アナロジー」と呼ぶ。この第三の諸性質によって、理論の予測性が与えられる。ABDという性質をもったモデルと、BCという性質をもった被説明項があるとした場合、両者に共通のBという性質から被説明項がBCDという性質を持つという仮説を立てることができる。

それではアナロジーの型を見てみることにしよう。

 

《1》「地球」と「月」のアナロジー

【地球】  【月】

 球形    球形

 大気    大気なし

 人類    ?

このようなアナロジーにおいて、特徴的なのはそれぞれの項に「同一」か「差異」かの一対一対応が成立しているということである。地球と月は「球形」ということで同一であるが、「大気」に関しては差異がある。このとき、月における人類の存在をアナロジー的に知るためには、両者の肯定的アナロジーの程度が重要になってくる。

 

《2》「光」と「音」の諸性質間の科学的アナロジー

【音の諸性質】  【光の諸性質】

 こだま      反射

 大きさ      明るさ

 高さ       色

 耳で感じる    眼で感じる

 空気中を伝播   「エーテル」中を伝播

さきほどのアナロジーとは異なり、対応する項を同一か差異かでわかることはできない。それらは、類似の関係にすぎないからである。それでも、類似によって一方から他方の性質を導くことができる。たとえば、音における或る性質に対応する項がないように思われたときなどには、光において新たな項として「エーテル」を仮定することができる。

 

《3》分類体系におけるアナロジー

【鳥類】  【魚類】

 翼     ヒレ

 肺     エラ

 羽毛    うろこ

このような分類のアナロジーは、アリストテレスによって最初に語られた。横の関係は構造や機能における類似性であり、これもまた予測に用いることができる。たとえば、鳥の骨格の既知の構造から魚の骨格の未発見の部分を推論することができる。

 

《4》政治的レトリックなどで用いられるアナロジー

父/子供=国/市民

このアナロジーは、父親と子供の関係が、国と市民の関係と同じであることが述べられる。しかし、このアナロジーは他のアナロジーと三つの点で異なるという。第1に、その目的が予測ではなく説得であるということ、第2に縦の関係が因果関係でないということ、第3に横の関係が類似ではないということ。 

 

以上のようにヘッセは4つのアナロジーを紹介している。政治的レトリックとしてのアナロジー以外は、縦と横の関係が非常に重要である。すなわち、縦には因果関係が成立しており(分類体系のアナロジーではそれが薄いが)、横に関しては何らかの類似性が成立している。ここでいう因果関係とは、かなり広い意味でとられていて、共起の傾向くらいの意味で理解されるだろう。