わたくしごと註解

正しく生きるよりも、ただ善く生きるために

【読書メモ】榊原英輔・田所重紀・東畑開人・鈴木貴之編『心の臨床を哲学する』新曜社, 2020

全体に関して

精神医学、心理学、心の哲学という三つの分野を横断的にまとめあげた論文集。それぞれの論文が紹介するトピックは非常に勉強になる内容であった。ただし、それらが相互にどのように関係しているのかは明瞭ではなかったように思う。逆に言えば個別の論文として楽しむことができるということでもあるが、欲を言えば、せっかく一冊にまとまっているので他との連関でことがらを描き出すような構成になっていればなお良かったように思う。

榊原英輔「精神医学の「二つの心」」

人類学者ラーマンの"Of Two Minds” (2001) を紹介しつつ、生物医学的および精神力動的精神医学という「二つの心」を相容れない精神疾患の説明モデルとして提示する。これは精神医学の多元性を示してもいる。

田所重紀「精神療法家は人の人生観にどこまで踏み込めるのか」

心の健康の回復と増進を目指す治療が「「精神療法」という名を借りた「人生観の押しつけ」」とならぬよう、心に関する普遍的な立場として自然主義実在論に依拠するべきとする。

鈴木貴之「精神医学の多元性と科学性」

同論文集冒頭の榊原さんの論考で精神医学の「多元性」が登場したが、その内実を詳しく紹介してくれている鈴木さんの論考。多元主義といっても様々なタイプがあり、どれを採用するかでだいぶ変わる。

穏健な多元主義〈分業的多元主義–協業的多元主義〉、ラディカルな多元主義〈システム論的多元主義–方法論的多元主義〉。基本的にはこの四つの多元主義が紹介されている。システム論的〜では心的因果がいかに物理的な因果に介入可能かが問題になり、方法論的〜ではその方法の内実の整備が問題となる。

信原幸弘「感情労働と心の病」

受動的な感情ではなく能動的な感情(の管理)にスポットを当てる。感情に対するある種のコントロールが心の病の原因になるとして、そのような種類の感情管理とはいかなるものであるかを整理・紹介する論考。

渡邊芳之「性格心理学をめぐるいくつかの問題」

性格の一貫性の議論を中心に、方法論あるいはその成果利用の問題などを紹介する論考。われわれは素朴に一貫した性格を仮定して暮らしているが、それを正確に捉えることの難しさがわかる。

近年では性格概念が社会的成を予測するものとしても利用されているらしい。しかし次のことは重要。「性格と社会的成果との関係は、あくまでもたくさんの個人の特徴を統計的・疫学的に分析したときに見えてくるもので、個人の人生を予測するようなものではない」(同論文, p. 164)。

植野仙経「精神科医はどのようにして心を理解するか?」

自分が誰かの心を推し量るときに一体何をしているのか、ということを改めて考えるとわからなくなる。論文では、シミュレーション説を中心にモデルの話が紹介されていて、勉強になった。

井原裕「「クイ・ボノ」(”Cui Bono?”)—精神医学は「あなたのためを思えばこそ」なのか?」

「あなたのため」という理由づけに対する60–70年代の反精神医学の批判的言説から漏れ、いまだに反省されぬまま残る「措置入院」制度に対する批判。

佐々木拓「薬物依存者に対する適切な非難のあり方—非難の関係性説に基づく依存行動への対応」

相手の能力を正確に捉えることで責任能力を局在化し、関係性に基づく非難を行うべきだとする。非難が意図と期待の変更だとする話は勉強になった。

「薬物依存者への適切な関わり方は、われわれにとっての適切な関係の延長線上にある」(同論文, 241)と結ばれているように、ここで書かれている話は、一般に他者との関係を互いに傷つかないものへと擦り合わせてゆくさいに必要となることでもある。この論文集のなかでも特におすすめの一本。

石原孝二「精神障害精神疾患)とは何か」

DSMにおける精神障害の定義の変遷を追いつつ、それらがカテゴリー的アプローチであることを示し、最近の動向として、DSMやICDにかわるディメンジョン・モデルのプロジェクトとしてRDoC等を紹介。

石原さんの2018年の著書『精神障害を哲学する:分類から対話へ』(東京大学出版会)の第5章にあたる内容であった。ディメンジョン・モデルに基づくプロジェクトとしてHiTOPが紹介されていて、これは書籍の方には登場していなかったように思う。この辺の動きが精神疾患の分類問題の最先端なのだろう。