CORPUS ORGANICUM

日々の雑記。

ヴィトルト・リプチンスキ/春日井晶子訳『ねじとねじ回し』(早川書房)に関する覚書

20世紀の終わりごろ、それまでの1000年間で最も偉大な道具がなんであったのかを調査した建築学者のエッセイである。ハンマーも、のこぎりも、古代ギリシアからずっと改良を重ねながら使われ続けてきたものだった。しかし、「ねじ」と「ねじ回し」はそうではない。あるとき、突然変異的に出てきた道具であった。

注意しなければならないのは、狭義のねじ部品と、広義のねじ基本をしっかり区別しなければならない点である。ねじ基本とは、ねじ山などのねじの原理であり、ねじ部品とはねじ全体を指して言われる。ねじ基本は、古代ローマ古代ギリシア時代から、圧搾機やアルキメデスの水揚機などで使われ続けてきた。しかし、それがねじ部品として、つまり釘と螺旋の組み合わせとして使用され始めたのは、ねじ基本の発明から少なくとも1400年の期間をおいてのことだったのである。

ねじと釘の違いは大きい。釘は打ち込まれた後、左右からの圧力で固定される。一方、ねじは左右の圧力に関係なく固定される。仕組みの複雑さが一次元異なっている。この転換はある種の詩作的発想力の賜物であると著者は考えている。例えば、フランスにおける蒸気機関のパイオニアだったE. M. バタイユを引用して「発明とは、科学の詩作ではないだろうか。あらゆる偉大な発見には詩的な思考の痕跡が認められる。詩人でなければ、何かを作り出すことなどできないからだ」(p. 130)と述べている。この意味で、ねじとは特定の問題を解決するために発達した枠付きの大のこや、ソケット付きハンマーとは一線を画する発明だったという。

しかしその一方で、著者は次のようにも述べている。「古代ローマでは火縄銃も背出し蝶番もなかったので、ねじのような小さくて効率的な締め具はたいして必要なかったのだろう。…技術上のさしせまった要請がなかったわけだ。つまり、1400年後にようやく機械屋の詩人が気づいたのだ。オリーブの実を潰したり、折れた骨を伸ばしたり、観測器具を調整したりできる螺旋なら、ねじ山のついた釘として使うこともできる、ということに」(p. 148)。ここで言われる「要請」とは「特定の問題を解決するためではない」ということとどのように相容れるのだろうか。

ここに、ねじをはじめ、曲がり柄錐や卓上旋盤といった突然変異的な発明(徐々に発達するのではない仕方での発明)の面白いところがある。時代状況は少なからず何かを要請してくる。火縄銃の登場は、小さくても緩まない締結部品の発明を要請した。釘では明らかに代用不可能な締結部品である。しかし、必要性から発明までが全くシームレスではないのである。必要があるから釘に螺旋を付け足せばいいという仕方でねじは発明されないということである。そもそも、釘の原理とねじの原理は全く異なっている。このことから言って、釘が有する特定の問題、緩みやすさや、大きさといったものの解決は、釘に対する問題解決という仕方では行われなかった。それは、より大きな時代的な問題解決の次元でなされたのであり、釘とは断絶的な詩的発明であると言える。

これは著者の書いていることを逸脱した一つの解釈にすぎないが、要請と詩作性の両立のなかで発明された「ねじ」を語るにはこの道が適当であるように思われる。問題解決ということが、何にとっての問題解決なのか、つまり「釘の問題」なのか「時代としての問題」なのか、この違いをこの著書からうまく読み取ることができなかった(読みが足りないせいかもしれないし、エッセイだからそんなに厳密ではないのかもしれない)。時代としての必要性であれば、ねじは、ねじでなくてもよかったと言える。他の全く異なる原理が細かな部分で強力な締結部品として使用されていた可能性もあるのだ。これが詩的であることの内実ではないか。

この点で、私の「ねじ」理解は翻訳者と異なってしまっていることも注意しておかねばならない。というのも翻訳者は、文庫版が出版されるにあたってのあとがきで、つぎのように書いているからである。「もしねじがなかったら…という仮定は無意味であろう。なぜなら、人類の歴史のどこかの時点で必ず、ねじは必要とされ、生み出され、有名無名の職人の工夫や努力を宿らせて、私たちの生活を支える裏方となったはずだから」(p. 181)。しかし、時代の要請は、あくまで釘の改良ではなく、新たな締結部品を求めたのではなかったか。そしてそれは、螺旋を本質とする締結部品である「ねじ」でなくともよかったし、その登場はあくまで詩作的な創作、自由な精神の所産だったのではないか。

何にせよ、人間のものづくりという営みは、考えるべきことが多い。今後ものんびり考えていきたいテーマである。