わたくしごと註解

17-18世紀の西洋哲学および生命思想史を研究しています。執筆者については「このブログについて」をご覧ください。

フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』の企て

フランシス・ベーコン(1561-1626)の主著『ノヴム・オルガヌム』は「諸学の大革新」の第二部として1620年に発表された。実は第一部は遅れて1623年に『学の尊厳と進歩について』として発表され、順序としては逆になっている。岩波文庫の解説によれば、一部は「革新」の地ならし的な意味で重要なのであり、新たな企ては第二部『ノヴム・オルガヌム』に示されているということである。

諸学の現状について、それが恵まれていず、大きく前進していないこと、そして精神が自然界に対して自己の権能を行使しうるためには、以前に知られていたとは、全く別の道が人間の知性に開かれねばならず、かつ別の補助手段が用意されねばならないこと。

ベーコン『ノヴム・オルガヌム』序言(岩波文庫、桂訳)

引用は序言に付された副題のようなものである。ここで端的に問題点と企てが提示されている。現状の学問に対する批判、そしてそれを乗り越えるための新たな方法を考えようとしているということの二つが問題となる。

そもそも批判しようとする学問とはどのような分野であるか。当時(現代もそうかもしれないが)、機械的技術は日々発展し続けていた。ガリレイの振り子の等時性の発見は、機械の代名詞である「時計」に新たな発展を与えたし、17世紀には持ち運び可能な時計も開発されることになる。機械技術の分野が学問として考えられていたかどうかは私はわからないのだが(少なくとも、地位は低いものであった)、このような分野に関して批判がなされるわけではないのである。むしろ、ベーコンが挙げているのは「哲学および知的諸学」である。そのような学問は讃えられてばかりであり、前進がほとんどみられないと述べている。

たまたまより高級な考察がどこかに飛び出したりすると、俗見の風によってすばやくあおられ吹き消された。結局、時は流潮のごとく、軽くかつ膨らんだものを我々にまで運んでくるが、重くかつどっしりしたものは沈めてしまったのである。(ibid.)

さて、序言の中程でベーコンは学問に携わる様々な人々の類型を提示しては批判していく。例えば、〈創始者を越えようとしない人〉〈議論の支配権ばかりを求める人〉〈支配権をもとめないとしても様々な論拠に振りまわされる人〉など、様々である。その中でもとりわけ次のような点が批判される。

取りわけ見逃してならないことは、経験を試みる場合にあらゆる努力が、直ぐに最初から或る定まった実地の成果を、性急かつ時期早やの熱意で求めたこと、(あえて言えば)投光的実験ではなく成果的実験を求めた点である。(ibid.)

ここにあるのは、知性への過信である。経験や実験といったものをじっくりと確かめなくてはならない場面で、知性への過信は性急に成果を求めようとする。ベーコンが度々批判するような、結果ありきの実験はこのような態度に存するものである。そのような事態をさけるためにベーコンが強調するのは「人間精神の真の合法的な抑制」である。その点では、論理学が正当に用いられたとしても、「それは到底自然の微細な点」にははるかに及ばないのである。

そして、それに代わってベーコンが提示するものが、感覚による知覚から打ち立てられた学問なのである。

このような困難な事がらにおいては、人々の自力による判断もまた偶然の幸運も断念しなければならない。というのは知能がいかほど卓越していても、試行の冒険を数多く重ねてみても、それらのことを克服することはできないから。足取りは手引きの糸で導かれねばならないし、全ての道はそもそも感覚による最初の知覚から、確かな仕方で付けられねばならないのである。(ibid.)

こうして、企ては帰納法という方法の提示に進んで行くことになる(実際帰納法という方法自体は1607年の cogitata et visa ですでに見られるという, SEP)。この序言の後半にあたる神への祈りの直前で、ベーコンは婚姻の比喩を用いて次のようにまとめている。

そしてこのような仕方で、経験的能力と理性的能力(これらの間の身勝手で不幸な離婚および離縁状が、人間一家のあらゆるものを混乱せしめたのだが)の間の、何時までも変らぬ真の合法的な婚姻をば、我々は固めたものと考える。(ibid.)

ベーコンの方法論はまさに経験と理性を結びつけるものであった。経験の補助を借りて理性は少しずつ前進できるのであり、理性のみに基づいて推論を進めても独断に陥るばかりだということなのだろう。実際、17世紀の機械論は機械という経験的モデルを自然に当てはめ、次々と自然法則を発見していくことに成功したのである。

結局、ベーコンの帰納法とはいったいどのようなものだったのか。それはまたの機会にみることにしよう。

 

ノヴム・オルガヌム―新機関 (岩波文庫 青 617-2)

ノヴム・オルガヌム―新機関 (岩波文庫 青 617-2)