CORPUS ORGANICUM

日々の雑記。

横断歩道の白線で遊ぶこと

横断歩道を渡ろうとするとき、誰しも白線に意識がいってしまうという経験があるのではないだろうか。「横断歩道の白線から落ちたらワニに食べられてしまう」というような架空の設定で遊んだ記憶がある人もいるだろう。私の経験からいえば、横断歩道で自分のルールを作って遊ぶというのは非常に自然なことのように思われる。しかし、なぜそれが自然なことであるのだろうか。というか、そもそもそれは「遊び」と言っていいのだろうか。

こういうときはとりあえず歴史から調べるのが定石だ。横断歩道が今のようなゼブラ模様になったのは最近のことらしい。ソニー損保のHPによると、現在のようなゼブラ模様は1992年以降のものであり、それ以前はゼブラの両脇を縦線が走っていたり、もっと前には互い違いの線になっていたようだ(言葉では説明しづらいので、HPにある図を見て欲しい)。ただし、どの線にしても「白線」で描かれていることは変わらないし、1920年に日本初の横断歩道が作られたときから石灰粉で描かれていたというから、色はずっと白いままだ。白と黒(あるいは土の色)のコントラストは運転する人々にとって目立つものであると同時に、歩行者にとっても目に入らざるをえないものだろう。横断歩道は、日本におけるその登場以来、歩行者に対し積極的に「何か」を訴え続けてきた。この何かというものが、「ここを渡ってください」以上のものであるとき、人々はそこに「遊び」を見出すことになる。

さて、「横断歩道の白線から落ちたらワニに食べられてしまう」遊びでは長いので、さしあたり「横断歩道遊び」と呼ぶことにしよう。「遊び」と名付けながら、この行動を「遊び」と呼ぶことに多少抵抗を感じるのは、そもそもこの遊びは自分以外の誰も参加する必要がないからである。普通、おにごっこやかくれんぼなど、他の人々とルールを共有することが、その遊びとしての重要な要素になっている。ところが、「横断歩道遊び」は1人で行われることが多い。そのような遊びはルールを自分で決めることができるし、「白線から落ちたら負け」だとしても、誰に負けるのかよくわからない。頑張ってスコア(というものがあるならば)を伸ばす楽しみくらいが関の山だろう。

「遊び」の体系的分類で有名なカイヨワは『遊びと人間』の中で、「遊び」を次の6つの項目で定義している。「自由な活動」「隔離された活動」「未確定な活動」「非生産的活動」「規則のある活動」「虚構の活動」である。参加が自由でなければならないし、空間として隔離されていて、結果がまだ決まっておらず、新たに何かを作り出さず、ルールがあって、非現実的な意識のもとに行われるのが「遊び」だとされる。「横断歩道遊び」はこの6つの規則に当てはまっているだろうか。

「横断歩道遊び」は「未確定な活動」といえるのだろうか。多人数で行われる遊びの場合、状況は思いがけない方向に絶えず変わっていく。結果はなかなか予想がつかないし、そのおかげでサッカーくじなどが成り立っている。たしかに「横断歩道遊び」には、白線の外側に落ちてしまう可能性が存在している。ところが、実際のところ、白線の外側に落ちないように歩くというのは、そんなに難しいことではないし、気をつければ失敗することはないはずである。

それでも、「横断歩道遊び」を「遊び」として呼ぶことができるとすれば、それは「渡る」という行為の不確定性に訴えるのではなく、むしろ「賭け」としての不確定性が持ち出されるべきかもしれない。「横断歩道遊び」には実は「白線から落ちてはいけない」というルールとは別に「不自然ではない歩き方で渡る」「歩幅を一定で渡る」というルールが含まれているのではないか。もしそうであれば、横断歩道を渡る以前に「このくらいの歩幅で渡れば全ての白線から落ちずに渡れる」という予測であり、この予測が当たるかどうかという「不確定な」賭けゲームとして考えることができる。

このように考えると、ルールを決定することそれ自体が「横断歩道遊び」の一部になっている。「横断歩道遊び」は横断歩道を渡る遊びなのではなくて、「横断歩道を渡るルールを決定する遊び」であり、「渡るためのルールを設定する」という、いわばメタルールによって「規則のある活動」として定められている。

賭けとしての「横断歩道遊び」はカイヨワの定義から「遊び」であるということが言える。異論もあるかもしれない。というのも、実は「横断歩道遊び」という遊びがどんな遊びなのか誰も知らないからだ。それは個人が勝手に作り上げる遊びであり、その遊びが確定されていない以上は何も断言できない。それでも、少なくともある種の「横断歩道遊び」がカイヨワの言うところの「遊び」の定義を満たしているということが言えたので、満足することにしよう。

 

遊びと人間 (講談社学術文庫)

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