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日々の雑記。

M. ヘッセ『科学・モデル・アナロジー』:観測不可能への歩み

科学の理論というものが, 経験的なデータに「説明」を与えるためのものであるならば, その理論を何らかのモデルを用いて理解する必要があるだろうか. あるいは, その理論を馴染みの対象や出来事とのアナロジーによって理解する必要があるだろうか. これは、M…

好きな場所でひきこもろう

人は田舎や海岸や山にひきこもる場所を求める。君もまたそうした所に熱烈にあこがれる習癖がある。しかしこれはみなきわめて凡俗な考え方だ。というのは、君はいつでも好きなときに自分自身のうちにひきこもることが出来るのである。実際いかなる所といえど…

タイムトラベルな文章

なお、このあと、提喩の定義についてはいくらか込みいった検討に立ち入ることとなるので、わずらわしい定義問題などに関心のない向きは、ここから一五六ページまで飛ばして読んでくださってもさしつかえはない。

やらねばならぬこと

よく言うことだけれど、「やれ」と言われるとやりたくなくなる。これは単にひねくれているから、ということなのだろうか。やるつもりがあったにもかかわらず、やれと言われるとやりたくなくなるというのは、本当にやるつもりがあったのだろうか。 実際、やる…

第1回 このカレーがうまい「スリランカ風キーマカレー」(S&B)

今回ご紹介するのは「スリランカ風キーマカレー」!スリランカ風って何?キーマカレーって何?という疑問にあまり答えない、ただの感想です。

坂本賢三『機械の現象学』:「機械」とは何か、そして近代の知識とは何か。

科学の方が機械をモデルにしてつくり出されたといってよく、機械は科学的方法の根拠であるといってもよいのである。したがって、自然的見方の出発点である機械が哲学的分析から離れたところにあり、哲学的考察をいわば拒否しているかのごとき姿をとっている…

好みと歴史性

私が生活するということには、何かを選ぶということが常につきまとっている。選択の方法には様々なものがあるがどの選択方法をとるにしても、選ぶことが可能である場合には選びたいと思ったものを選ぶということになるのだろう(方法に関しても私たちは選択…

高橋澪子『心の科学史』の序説に関する覚書

心理学が一実験科学ないし個別科学として制度的に確立されるのは、周知の通り、いまから一世紀あまり前のことである。しかし、厳密な意味における近代科学としての実験心理学の論理が成立するためには、さらに半世紀近くを経て、一九三〇年代末に完成する「…

「規則正しい」について

規則正しいというのは、「規則が正しい」のか「規則に正しい」のか。 前者の場合。規則自身の正しさについて、何かを述べている。規則自身の正しさとは一体なんだろうか。等差数列のような数列は規則正しいと思われる。突然、その数列の中にまったく無秩序な…

ためいき指南

なんとなく最近ため息をつくことが多い気がする。ため息のやり方は簡単だ。まず、ぼーっとして、目をうつろに、そして口を少し開けたら、さっと息を吸い込み、ゆっくりとしかし最後まで吐き出す。「はぁ」という声のようなものが出れば成功だ。 口は話す以外…

夜とインク

ブルーブラックのインクだから青でも黒でもない。 夜の空を見てみても、昼の青でも真っ黒でもない。 ペン先で吸い上げたインクを拭き取る紙に浸みこむ夜の空。 インクをこぼした紙に穴を開けて光を透かしてみたらよい。 それは夜だろうか。それともインクだ…

宇宙は一匹の生き物だという考え方

宇宙はひとつの生き物で、一つの物質と一つの魂を備えたものである、ということに絶えず思いをひそめよ。またいかにすべてが宇宙のただ一つ感性に帰するのか、いかに宇宙がすべてをただ一つの衝動から行うか、いかにすべてがすべて生起することの共通の原因…

効率的な仕事と手数の少なさ

私はパン屋さんでパンを作るという、極めておしゃれなバイトをしている。お花屋さん、ケーキ屋さん、カフェ屋さん、辺りに並ぶ「なんかいいなぁ」系バイトのうちの1つであろうと思う。ところが、パン屋さんの場合、早朝がけっこう忙しい。開店前に品物を揃え…

五百羅漢と顔

散歩日和だったので、川越の喜多院にある五百羅漢を見に行ってきた。昔一度行ったことがあったのだけれど、500体以上もある石造を一つ一つ眺めて歩くのはいつでも楽しいことだと思う。 喜多院の歴史は伝えによれば奈良時代にまでさかのぼるとも言われ、少な…

駅に向かう道を夕方に歩く

夕方に出かけるのはとても良い。 夕方は一日の終わりだという気持ちと、これからあの場所へ行くのだという気持ちとが一緒になる。 夕方は自然の境目、つまり昼と夜の。 夕方は心の境目、つまり始めと終りの。 夕方に出かけるという心地よさは、背徳感から生…

現象の善き基礎

コピーやイコンが善きイマージュであり、善き基礎のあるイマージュであるのは、類似性を授けられているからである。ただし、この類似性は、外的な関係と解されてはならない。類似性は、事物と事物の関係であるよりは、事物からイデアへの関係なのである。 (…

冬のイメージは電車

私にとって、冬の主要なイメージの一つとして「電車」というのがある。冬の電車はとても印象的なのだ。冬の電車は温まり過ぎた足元のヒーターと、ぬるい空気、そしてまっ白く曇った窓ガラス…それに年末だと、みんなのソワソワした空気も一緒にどこかへ走って…

絵を描く人がいると絵ができる

ここ15年くらいの話だけれど、絵というものが常につきまとってきた。というよりも、私自身が絵につきまとっていたのかもしれないが。そして、「描かれた絵」につきまとっていたのではなくて、「絵を描く人」につきまとっていたのかもしれないが。 初恋の人(…

私がものを見るということは、私の空虚を埋めるのだろうか

何かを論じたり、評したりすること、さらには単に何かを語ろうとすることは常に、その対象を自分の外部に置くことを伴う。言葉にするだけでなく、考えることそれ自体も何か私ではないものを考える。私自身を考える際も私は対象化される。リンド夫妻が『ミド…

犬の思い出

雨の日の散歩は一緒に濡れながら歩いた 雪の日は庭で雪玉を投げて遊んだりした 山に登って一緒に頂上でお弁当を食べた 川で一緒に泳いで君は流されかけていた 海に行ったときも君は引いては寄せる波に驚いていた 小さいときはよく喧嘩をした でもそのあと同…

恋がわからなくても愛着はわかる

「恋がわからない」「好きという気持ちがわからない」 そう言ってくれる人にたまに出会う。もどかしいような、わかってほしいような気持ちになる。だけれども、それよりもまず嬉しいと思う。それは、とても真面目だし真剣に考えてくれていることから出る言葉…

どうしたら名人になれるのか

古今亭志ん朝の落語のマクラに「名人」について述べているものがある。最近は名人ということがよく言われるけれど、本当の名人はいるのだろうか。名人たるには何が必要なのか。そういうことをはなしている。カトリックで聖人に認定されるためには、いくらか…

意識とモナドに関する覚書Ⅱ

ライプニッツの『認識、心理、観念についての省察 Meditationes de Cognitione, Veritate et Ideis. 1984』(GP IV, 422–426)という著作は、認識が曖昧であるとか判明であるとかについて定義付けを行っていることで有名である。 簡単に整理すると、まず認識…

信念は生命以上に大切なものとなりうるだろうか。

Toute opinion peut-être préférable à la vie, dont l'amour parît si fort et si naturel. どんな信念でも生命以上に大切なものとなりうる。生命への愛着ほど強く自然なものはないように見えるのに。(パスカル『パンセ』29、岩波文庫、塩川訳) 『パンセ…

本に線をどのように引くのか

本に線を引くという行為に賛否両論あることは、いちおう知っている。その行為が効果的であるかとか、人の道に反するとか、そういう議論はとりあえず置いておきたい。ここで書きたいのは、「線を引くことにしよう」と決めたときの話である。しかも、「どこに…

平成28年1月29日に見た夢の話

不思議な夢を見たときはメモを残すことがある。平成28年1月29日の私もどうやら不思議な夢をみたらしく、午前4時10分に短いメモを残していた。少し言葉を付け足しながら、写し取ってみることにする。 私は電車に乗っていた。西武池袋線池袋行き急行電車。その…

選択肢をいつの間にか忘れてしまっていること

今日は三田に行ったり本郷に行ったりしたので、多くの出来事に遭遇した。外は刺激が多いとつくづく思う。自転車に乗るともうだいぶ寒くなったし、お昼に食べた富士そばの「旨辛肉そば」はすごく辛くて困ったし(辛いものはあまり食べられない)、『ライプニ…

過去の自分から私へ「ストレスを感じないために」

私はツイッターとは別に、Evernote手帳というアプリを使っている。これが非常によくて、このアプリ自体はただ打ち込んで送信する機能しかない。しかし、これをEvernoteに連携させると1日ごと区切ってメモを作成してくれる(下みたいな感じ)。 これだと過去…

形式と発見法-『思考のための文章読本』に関して

花村太郎『思考のための文章読本』(ちくま学芸文庫)というのを最近読んだので忘れないうちに感想を書いておこうと思う。 思考のための文章読本 (ちくま学芸文庫) 作者: 花村太郎 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2016/09/07 メディア: 文庫 この商品を…

ニキビと因果

先月、とある演劇を見に行った。「怪談」という題名がつけられたその演劇は、真景累ヶ淵、牡丹灯篭、そして番町皿屋敷を原案に、ある落語家が物語の世界にひきづりこまれていくという不思議な物語であった。いくつも印象的な演出があったが、その中の一つに…