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日々の雑記。

雑記

鈴虫を楽しむ蒙昧な私

黒電話の呼び鈴は鈴虫の音のようであるし、電線は蜘蛛の巣のようである。いや、本当は全然ちがうのだ。けれど、それを同じようなものとして感じることがままある。 反対もある。鈴虫の音が鳴り響く草むらはきっとコールセンターだし、上手にめぐらされた蜘蛛…

確信の背後で虚焦点となりゆくものへ

大半の人は興味がないであろう、私の個人的な悩みの話である。 ある物事を意味づけることについて、以下の文章を引用するところからはじめよう。 秘所は人間が自然を意味づけし、自然を思想化して、はじめて成立する。だから宗教的に意味づけのない自然は、…

モナドと窓

窓から光が差し込む。窓を開ける。すると、鳥の鳴き声とともに外の空気が入り込んでくる。少し寒くなって窓を閉めた。傾いた太陽の光がまっすぐに窓を突き抜けて、やはり私の元へとやってくるのだった。 私たちの魂は神や宇宙を表出するのであり、あらゆる現…

悲しみにつける薬のために

夢を見た。護岸がしっかり整備され、鉄柵が人の侵入を防ぐほどに手の入った河川の横の細い歩道で「これは二年前に亡くなった妹の指輪なのだ」と言いながら、私にそれを手渡した人がいた。「だけど、まだ会いに行けていない」そう言って、その人はうつむいた…

何かに合うものを見つけるということ

或る一つの事物があったとき、それはそれだけで良いものである、ということが少なくない。白米は白米だけで美味しいという人もいるように。 それでも、私はそれだけでも良いものに、なにかもう一つ合わせたいと思う。白米には納豆なり、漬物なり、なにか付け…

自然そのものについて

自然そのものとはなにか。自然の二文字がくっついた概念は、ちょっと考えただけでもわりとある。自然権、自然言語、自然宗教、自然主義、自然状態、自然神学、自然哲学、自然法…最近では、自然食品、自然保護、自然化粧品……。 日本語では nature に「自然」…

世界について

現在の世界が一つの世界に定まっているということ。人が歩き、ものを食べ、例えば私が今ここに座っているということ。理由律ということ言葉をはっきりと言葉にする以前から、人は物事には理由があることを知っていた。だから、先なるものから後なるものが生…

最適と街灯

駅から家までの帰り道。駅の周りはそれなりに明るく、人通りも多いのだが、少し駅を離れるとあっという間に暗い道に出る。とりわけ私の家の近くは、畑ばかりで夜は人もほとんど通らないような場所である。真っ暗かというとそうでもない。最近は街灯が新しい…

紅葉は落ち葉を教えてくれる

今年は少し遅かったのだが、街の木々もだいぶ紅葉しているのに気づいた。私が気づくのが遅かったのか、木々の方が色づくのが遅かったのか。天気予報によれば、木々の方が遅れていたようだけれど、最近あまり外に出ることがないので実際のところどうだったの…

ヨコヅナサシガメの越冬

昨日とある公園を散歩していたら見たことのない虫を発見した。ゴツゴツした桜の幹に、体長1センチちょっとくらいで赤黒い体をした虫たちが何十匹も体を寄せて集まっていた。わりと背中がゾゾゾーッとするような光景だったのだけれど、普段見慣れない光景だっ…

フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』の企て

諸学の現状について、それが恵まれていず、大きく前進していないこと、そして精神が自然界に対して自己の権能を行使しうるためには、以前に知られていたとは、全く別の道が人間の知性に開かれねばならず、かつ別の補助手段が用意されねばならないこと。

ビュリダンのロバに餌を食べさせたい

「なんて見事なできばえだこと。なんて腕の立つ職人さんだろう。勇敢な兵隊さんだこと。」こんな言葉が、われわれの志望と職業選択の出発点にある。「見事な飲みっぷりだこと。控えめな飲み方だこと。」こんなことで、節酒家になったり、酔っ払いになったり…

朝起きられない人のために

明けがたに起きにくいときには、次の思いを念頭に用意しておくがよい。「人間のつとめを果たすために私は起きるのだ。」自分がそのために生まれ、そのためにこの世にきた役目をしに行くのを、まだぶつぶついっているのか。

「耳からスパゲッティ」への憧れ

「耳からスパゲッティを食べられるような人間になりたい」 長いことそう思っている。昔、私には好きな人がいたのだけど、その人に構ってもらおうと必死だった。「耳からスパゲッティくらい食べられないと相手してあげられない」と言われたのが、当時の私は当…

マルクス・アウレリウスの比喩:『自省録』第4章より

今日は『自省録』第4章の比喩を見てみようと思う。章ごとに特徴があるということでもないと思うのだが、全12章の『自省録』を比喩に着目しつつのんびり読んでみようという気持ちである。第4章には方向性の異なるいくつかの比喩が登場する。 第1節:人間の内…

マルクス・アウレリウスの比喩:『自省録』第3章より

穀物の穂がしだれているのや、獅子の額の皮や、野猪の口から流れ出る泡や、その他多くのものは、これを一つ一つ切りはなしてみればとうてい美しくはないが、自然の働きの結果であるために、ものを美化するに役立ち、心を惹くのである

マルクス・アウレリウスの比喩:『自省録』第2章より

なぜなら私たちは協力するために生まれついたのであって、たとえば両足や、両手や、両目蓋や上下の歯列の場合と同様である。それゆえに互いに邪魔し合うのは自然に反することである。

横断歩道の白線で遊ぶこと

横断歩道を渡ろうとするとき、誰しも白線に意識がいってしまうという経験があるのではないだろうか。「横断歩道の白線から落ちたらワニに食べられてしまう」というような架空の設定で遊んだ記憶がある人もいるだろう。私の経験からいえば、横断歩道で自分の…

エピクテートスが哲学に求めたこと

哲学の始めを見るがいい、それは人間相互における矛盾の認識であり、矛盾の出て来る根源の探求であり、単に思われるということに対する非難と不振であり、また思われるということについて、それが正しいかどうかの何か研究であり、また例えば重量の場合に、…

さぁ野菜を食べに行こう

外食をしようということになり、「何を食べたいか」という質問をしたら、「野菜が食べたい」という答えが帰ってきた。このようなときに、いったいどこに行くのが良いのだろうか。麺が食べたいという答えであれば、ラーメン屋、パスタ屋、そば屋、うどん屋…選…

好きな場所でひきこもろう

人は田舎や海岸や山にひきこもる場所を求める。君もまたそうした所に熱烈にあこがれる習癖がある。しかしこれはみなきわめて凡俗な考え方だ。というのは、君はいつでも好きなときに自分自身のうちにひきこもることが出来るのである。実際いかなる所といえど…

タイムトラベルな文章

なお、このあと、提喩の定義についてはいくらか込みいった検討に立ち入ることとなるので、わずらわしい定義問題などに関心のない向きは、ここから一五六ページまで飛ばして読んでくださってもさしつかえはない。

ためいき指南

なんとなく最近ため息をつくことが多い気がする。ため息のやり方は簡単だ。まず、ぼーっとして、目をうつろに、そして口を少し開けたら、さっと息を吸い込み、ゆっくりとしかし最後まで吐き出す。「はぁ」という声のようなものが出れば成功だ。 口は話す以外…

効率的な仕事と手数の少なさ

私はパン屋さんでパンを作るという、極めておしゃれなバイトをしている。お花屋さん、ケーキ屋さん、カフェ屋さん、辺りに並ぶ「なんかいいなぁ」系バイトのうちの1つであろうと思う。ところが、パン屋さんの場合、早朝がけっこう忙しい。開店前に品物を揃え…

冬のイメージは電車

私にとって、冬の主要なイメージの一つとして「電車」というのがある。冬の電車はとても印象的なのだ。冬の電車は温まり過ぎた足元のヒーターと、ぬるい空気、そしてまっ白く曇った窓ガラス…それに年末だと、みんなのソワソワした空気も一緒にどこかへ走って…

絵を描く人がいると絵ができる

ここ15年くらいの話だけれど、絵というものが常につきまとってきた。というよりも、私自身が絵につきまとっていたのかもしれないが。そして、「描かれた絵」につきまとっていたのではなくて、「絵を描く人」につきまとっていたのかもしれないが。 初恋の人(…

私がものを見るということは、私の空虚を埋めるのだろうか

何かを論じたり、評したりすること、さらには単に何かを語ろうとすることは常に、その対象を自分の外部に置くことを伴う。言葉にするだけでなく、考えることそれ自体も何か私ではないものを考える。私自身を考える際も私は対象化される。リンド夫妻が『ミド…

恋がわからなくても愛着はわかる

「恋がわからない」「好きという気持ちがわからない」 そう言ってくれる人にたまに出会う。もどかしいような、わかってほしいような気持ちになる。だけれども、それよりもまず嬉しいと思う。それは、とても真面目だし真剣に考えてくれていることから出る言葉…

どうしたら名人になれるのか

古今亭志ん朝の落語のマクラに「名人」について述べているものがある。最近は名人ということがよく言われるけれど、本当の名人はいるのだろうか。名人たるには何が必要なのか。そういうことをはなしている。カトリックで聖人に認定されるためには、いくらか…

信念は生命以上に大切なものとなりうるだろうか。

Toute opinion peut-être préférable à la vie, dont l'amour parît si fort et si naturel. どんな信念でも生命以上に大切なものとなりうる。生命への愛着ほど強く自然なものはないように見えるのに。(パスカル『パンセ』29、岩波文庫、塩川訳) 『パンセ…

本に線をどのように引くのか

本に線を引くという行為に賛否両論あることは、いちおう知っている。その行為が効果的であるかとか、人の道に反するとか、そういう議論はとりあえず置いておきたい。ここで書きたいのは、「線を引くことにしよう」と決めたときの話である。しかも、「どこに…

平成28年1月29日に見た夢の話

不思議な夢を見たときはメモを残すことがある。平成28年1月29日の私もどうやら不思議な夢をみたらしく、午前4時10分に短いメモを残していた。少し言葉を付け足しながら、写し取ってみることにする。 私は電車に乗っていた。西武池袋線池袋行き急行電車。その…

選択肢をいつの間にか忘れてしまっていること

今日は三田に行ったり本郷に行ったりしたので、多くの出来事に遭遇した。外は刺激が多いとつくづく思う。自転車に乗るともうだいぶ寒くなったし、お昼に食べた富士そばの「旨辛肉そば」はすごく辛くて困ったし(辛いものはあまり食べられない)、『ライプニ…

過去の自分から私へ「ストレスを感じないために」

私はツイッターとは別に、Evernote手帳というアプリを使っている。これが非常によくて、このアプリ自体はただ打ち込んで送信する機能しかない。しかし、これをEvernoteに連携させると1日ごと区切ってメモを作成してくれる(下みたいな感じ)。 これだと過去…

ニキビと因果

先月、とある演劇を見に行った。「怪談」という題名がつけられたその演劇は、真景累ヶ淵、牡丹灯篭、そして番町皿屋敷を原案に、ある落語家が物語の世界にひきづりこまれていくという不思議な物語であった。いくつも印象的な演出があったが、その中の一つに…

どうしようもなく魅力的な人間がいるということについて

今日はとあるシンポジウムの手伝いとして1日外出していた。不思議な人々の集まるシンポジウムで音楽や物理をしている教授が主宰で、経済学の教授や仮想通貨の倫理をやっている他国の教授などが集まってそれぞれが講演をしていくという。私はとある縁でそうい…

知性は止まることができない

ベーコン(ロジャーじゃない方で、画家じゃない方)と聞くと、カリカリの美味しいベーコンを思い浮かべてしまう。だから僕はベーコンの研究している人は、一体どうしているのだろうかと疑問に思っている。いつかそういう人に会う事があれば是非聞いてみたい…

恋とキェルケゴール

先日、寝る前に読もうと思い図書館で借りてきた本がある。 キェルケゴールの日記 哲学と信仰のあいだ 作者: セーレン・キェルケゴール,鈴木祐丞 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2016/04/15 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (1件) を見る キェルケゴ…

nowhere

nowhere という英語をみたとき、いつも now–here を思い浮かべてしまう。それは、tamen というラテン語を見たとき、「他面」と思ってしまうのと同じようにである。nowhere と now–here は英語に疎い私にもなんとなく全然違うことを言っているように思われる…

風邪をひきやすいあなたのことを思い出します

今日はものすごく暑いですね。蒸し暑い。この季節になると、いつもならゆずの「いつか」を大声で歌って体を温めているのですが、どうにもこう暑いと動きたくありません。「少しずつ街の風も冷たくなってきたから 風邪をひきやすいあなたのことが気になります…

夏目漱石とキタドコ

夏目漱石の小説をときどき読む。最近は未だ読んだことのなかった『吾輩は猫である』をKindleに導入して、ちょっとした時間に読み進めている。今、ここに書こうとしているのは、その読書におけるちょっとした出会いのお話である。 『吾輩は猫である』という小…

雨と蜘蛛の巣

今朝起きると、小雨がしずかにサァーと音を立てて草木を濡らしていた。私は窓越しにそれを眺めつつ、「あぁ、今日はキタドコで髪を切る日だ」と外出の憂鬱のみを頭に思い浮かべた。いつでもそうなのだが、雨の日に外出しなければならない(この「ならない」…

毎日とは言わないけれど

毎日とは言わないけれど 思い出して欲しい僕のなにかを 週一回でもいい 週一回なんて贅沢だと 思われるかもしれないそれはごもっとも 月一回だっていい 月一回なら年に一回でも 変わらないじゃないとあなたは言うかもしれないそのとおり 年に一回だけでもい…

眼鏡で見る世界

いつのまにか目が悪くなっていた。僕の場合、目が悪くなったと言っても眼鏡なしで家の中くらいなら歩き回ることぐらいはできる。さすがに自転車や自動車に乗る事はできないのだけれど。小学生のころはまだ目が悪くなかった。中学生も。たしか、中学の三年生…

誰か人に絡まれて

追記:酔いながら書いた文章、恥ずかしい。 終電間際の電車に乗ってのんびりしていた。乗客は各駅ごとにいくらか入っては出て行く。そのうちの入ってきた若者が僕にぶつかり、何か一人でブツブツ言っている。 ぼくは勇気を出して「何ですか?」と聞いてみる…

また同じ星のもとで

昨夜は『星の王子さま』を読みながら、いつの間にか寝ていた。これを読むと何度でも泣いてしまうので、枕元にはティッシュの箱を用意しなければならない(こういうときのためにも枕元にティッシュの箱は置かれたりするのだ)。 僕は王子さまから何かを教わっ…

銀杏が落ちた日

空からは色々なものが降ってくる。 「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる」(『出エジプト記』16:4)女の子だって降ってくるかもしれないし、竜巻で巻き上げられた家畜も降ってくる。降ってきてほしいものも、そうでないものも、地球に…

生き方としてのプレイ

なぜ生きなくてはならないのか。 この問いにはたぶんいくらでも答えようはある。ただし滅多に説得されることはない。そんな中でもプレイとして生きるという感覚は非常に面白いのではないか。 この考え方は、もともとは、様々な分野で活動しているみうらじゅ…

やるかやらないか

生きていると「選択」をする場面にぶつかる。それも、少し大きめのやつ。例えば、僕が最近した少し大きめの選択といえば「大学院に行くか、行かないか」という選択だった。結局僕は大学院にやってきたし、それでよかったと思っている。 ところで、僕に与えら…

感動的なこと

感動的なことが多い。本はもちろん感動的だし、音楽も、映画も、誰かの言葉の端々も…。なぜなのだろうと疑問に思った。感動したときの自分の気持ちとは一体なんなのだろう。 たいていの場合、目が潤むのが感動の合図だ。感動してるのかな、してないのかなと…