p. 360 から。

日々の雑記。

世界について

現在の世界が一つの世界に定まっているということ。人が歩き、ものを食べ、例えば私が今ここに座っているということ。理由律ということ言葉をはっきりと言葉にする以前から、人は物事には理由があることを知っていた。だから、先なるものから後なるものが生じてきたのだし、後なるものは先なるものによって規定されつづけてきた。

何かあると言えるためには、何かがなければいけなかった。しかし現実の世界は本当に理由を有しているのだろうか。根拠を有しているのだろうか。規則を有しているのだろうか。

現実が理由の源泉であったらどうなるだろう。現実は理由によって生じてきたのではなく、現実が理由を作り上げたのだとしたら。他でもないこの世界が選ばれたのは、他でもないこの世界が選ばれたからだとしたら。他の世界が選ばれなかったのは、この世界が選ばれたからだとしたら。

たぶん特にどうにもならないかもしれない。世界に関する説明がいかに変わろうと世界自体は何も変わらない。世界についての説明を変えることで、より世界が説明できたとしても世界は何も変わらない。世界についての説明が変わることで、変わるのは私たちのほうだろう。私たちは新しいものを作り上げるし、少なくとも私たち自身の歴史を私たちは進めていく。

 

最適と街灯

駅から家までの帰り道。駅の周りはそれなりに明るく、人通りも多いのだが、少し駅を離れるとあっという間に暗い道に出る。とりわけ私の家の近くは、畑ばかりで夜は人もほとんど通らないような場所である。真っ暗かというとそうでもない。最近は街灯が新しいものに付け替えられて、以前のようなぼんやりとした光ではなくなった。ピカァーーっとしていて、ずっと見ていると目がくらむようだ。

それでも、街灯と街灯の間には真っ暗な夜が流れている。そこに少し立ち止まって、暗闇に目を慣らすと、いままで見えなかった星空が見えてくる。とりわけ今日は、雲もなく、空気も澄んでいたのか、星が大盛りだった。星座に詳しいわけではないので、何が何かはわからないのだが、とにかくたくさんの星が見えた。

それでまた少し歩き出すと、例の明るい街灯の下に来てしまう。この下では何も見えない。実は明るすぎて街灯しか見えない。街灯の向こうはかなり暗い道が続いているので、街灯の明かりで暗闇が余計に暗く見えるのである。とにかく明るい街灯をつければよいというものではないらしい。

少しずつ街灯の付け替えが進んでいて、日に日に眩しい街灯が増えていく。これはなんだか逆に不便だぞ、と思いつつ、どこに訴えたらいいのかわからない。星が見えないとかそういうことはまぁ良いのだ。安全面的にも少し問題があるように思うから困っている。

こういう現象を目の当たりにすると物事は単純じゃないのだなぁという気持ちになる。最善であることは、最大であるというよりも、最適であることなのだ。最善世界を提唱する哲学者はこのように考えていた。めちゃめちゃ明るい街灯が最善ではない。適度に明るい街灯が最善なのである。実際の物事に関して、最適を探ることは非常に困難を伴うことかもしれない。最大を目指して突き進む方が単純ではある。

でも、そうすると先の見えない暗闇が広がってしまうのだ。最適を探すことは、一番遠くまで視野を広げることにつながっていく。これは比喩ではない。ただの夜道の話である。夜道を安全に歩くために、考えなくてはならない。

 

紅葉は落ち葉を教えてくれる

今年は少し遅かったのだが、街の木々もだいぶ紅葉しているのに気づいた。私が気づくのが遅かったのか、木々の方が色づくのが遅かったのか。天気予報によれば、木々の方が遅れていたようだけれど、最近あまり外に出ることがないので実際のところどうだったのかは知らない。何にしても今年もちゃんと色づいてくれてよかったと思う。

紅葉は私の注意を落ち葉へと向けさせる。すると落ち葉が不思議なほどに綺麗な色に変容してそこらじゅうに散らばっていることに気づく。変なことかもしれないけれど、落ち葉に気づいて紅葉に気づくのではなくて、紅葉が私に落ち葉を気づかせるのである。だから私は紅葉していない季節には落ち葉を意識することはほとんどない。

落ち葉を見ていると、様々な大きさの葉が落ちていることに驚く。それにいろんな色の葉っぱが落ちている。真っ赤、茶色、黄色、緑、黒くなっているのも…。どの葉も個性的でいつまでも自分のお気に入りの落ち葉を探し続けられるのではないか。

そういえば、次のような話があるのを思い出す。1695年のある日、ライプニッツはヘレンハウゼン王宮である貴族と議論になった。どこにも全く同じ葉は二枚と存在しないというのがライプニッツの主張であり、それに相手の貴族が反論したのである。ヘレンハウゼン王宮の庭園には同じ二枚の葉があるはずだと。それで探し回ってみたのだけれど、結局なかったというのである。なんともお茶目というか、変な話である。ヘレンハウゼン王宮庭園は今でも残っているらしく、ドイツの観光案内によるとヨーロッパ屈指の美しい庭園だということである。いつか行って、私も葉っぱ探しをしてみたいものだ。のんきでいい。

だけれど、わざわざ庭園でそんなことをしなくても、葉っぱはどこでも葉っぱである。どこでも同じようにみな葉っぱであって、それぞれ葉っぱらしさと、葉っぱらしさの中でも個性みたいなものを発揮している。なんであなたは葉っぱなの。葉っぱは答えてくれないけれど、葉っぱは葉っぱなのだろう。

そういう葉っぱが、そこらじゅうに落ちている。紅葉した落ち葉は、見た目も主張しているし、踏めばサクサクと音を立てて崩れるので、嫌でもそちらに気持ちが向いてしまう。秋とか冬はそうやって葉っぱが私にどんどん現れてくる。

落ち葉を拾って語りのんびり語り合いながら散歩をしたいですね。

ヨコヅナサシガメの越冬

昨日とある公園を散歩していたら見たことのない虫を発見した。ゴツゴツした桜の幹に、体長1センチちょっとくらいで赤黒い体をした虫たちが何十匹も体を寄せて集まっていた。わりと背中がゾゾゾーッとするような光景だったのだけれど、普段見慣れない光景だったのでじっくりと観察することになった。

色からして蜘蛛かとも思ったのだが、どうも足の数は6本だし触覚までついているので明らかに違う。なんだこの虫は、と後から調べてみるとどうやら「サシガメ」というカメムシの仲間らしい。私が見たのは、そのなかでも「ヨコヅナサシガメ」というとりわけ大きな種類の幼虫のようだ。そういえば、昔見ていた図鑑にカメムシらしからぬカメムシが載っていたのを思い出した。あれがそうだったのだろう。カメムシというとカクカクした体をしていて、だいたい緑とか茶色とかだと思うのだけれど、サシガメは全然違う姿をしている。細長い顔とつやつやした体が印象的なのだ(見た目がアレなので、見たい人は自分で検索してみてほしい)。

明らかに、毒があるぞ、という色をしていたのでそのときは触らなかった。調べてみると、やはりむやみに触ると刺されるらしい。それで「サシガメ」というのか。普通のカメムシは植食生が一般的らしいのだが、このサシガメ類は肉食であり、哺乳類などの血を吸う種もいるらしい。なんと恐ろしいことか。しかもめちゃめちゃ痛いらしい。wikipediaを見ていたら、「中央アジアの王達が捕虜を拷問するのにこの手の虫を使った」という話が書いてあった。触らなくてよかったと心から思う。

どうやら、夏場などは木の上の方にいてあまり目立たないのだけれど、冬場になると下の方に降りてくるそうだ。それであまり見たことがなかったのだろうか。いつもの道でも少し立ち止まって目を凝らしてみると、普段出会わなかった虫や植物にであうことが多い。こんな植物あっただろうか。なんだろう今の黒い虫は。

知らないお隣さんが草むらや畑にたくさん住んでいる。夏場はどこからともなく鳴き声が聞こえたりするけれど、どこにいるのかよくわからない。お互い普段は関わることのない存在で、それでもこんなに近くにいる。これが全部人間だったら大変だろう。草むらにたくさんの人が潜んでいて何かを喋っているのが夜な夜な聞こえてきたりしたら、眠るどころの話ではない。虫だからいいのだ。植物だからいいのだ。根本的に何か関係を持つことのできない存在だから、近くにいることできる。そういうこともあるのかもしれない。

 

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マルクス・アウレリウスの比喩:『自省録』第5章より

第5章はなかなかインパクトのある比喩が出てくる。第28節の「腋臭のある人間に君は腹を立てるのか。息のくさい人間に腹を立てるのか。その人間がどうしたらいいというのだ」という話など、突然出てきて驚いた。たしかにそれはその通りだと思うのだけれど。今回はそんな第5章の中から1つだけ比喩を見てみることにしよう。

彼は葡萄の房をつけた葡萄の樹に似ている。葡萄の樹はひとたび自分の実を結んでしまえば、それ以上なんら求むるところはない。あたかも馳場を去った馬のごとく 、獲物を追い終せた犬のごとく、また蜜をつくり終えた蜜蜂のように。であるから人間も誰かによくしてやったら、〔それから利益をえようとせず〕別の行動に移るのである。あたかも葡萄の樹が、時が来れば新に房をつけるように。

マルクス・アウレリウス『自省録』第5章第6節(岩波文庫、神谷訳)

この直前で、マルクスは三様の人々を挙げている。善事を施し見返りを求める者、見返りを求めないが心で密かに相手を負債者のように考える者、そして自分のしたことを意識しない者である。上にあげた比喩で葡萄の樹に似ているとされたのは、3つ目のような人々である。それを踏まえれば非常にわかりやすい話であろう。

「葡萄の房をつけた葡萄の樹」はその後その葡萄に何ら気を配ることはない(ように見える)。それらの葡萄が地面に落ちて自ら芽を出すかどうかは、葡萄自身の問題であって葡萄の樹の問題ではない。葡萄任せというものである。しかし、なぜそうするのが良いとされるのだろうか。葡萄がそうだからといって、人間もそうするべきだということにはならないのではないか。

ここで重要になってくるのが、第5章に目立って散見される(もしかすると、他の箇所でも見られるかもしれない)他の生物と人間のアナロジーである。例えば、第1節では「小さな草木や小鳥や蟻や蜘蛛や蜜蜂までがおのがつとめにいそしみ」と述べているし、先ほど引用した箇所では馬や犬や蜜蜂が登場していた。それらの生物たちはみな人間の模範となる存在として取り上げられている点に注目したい。

マルクスは別に理性的動物としての人間を貶めたいわけではないはずである。実際、第16節では「生物は無生物よりも高く、理性を有するものは単に生きているよりも高い」と述べている。それにもかかわらず、人間の模範として理性を有していない生物たちが挙げられているというのはいかなる事態なのであろうか

はっきりした答えはわからないのだが、マルクスが第14節で次のように述べていることが興味深い。

理性と論理の術はそれ自体において、またその固有の働きにおいて自足せる能力である。それは自己に特有の原理から出発し前に置かれた目標に向かって進んで行く。それゆえにこのような行動は「まっすぐな行為(カトルトーセイス)」と名付けられる。それはまっすぐな道を行くことを意味するのである。

理性と論理という術はそれ自体で「自足せる能力」であるという。第5章でマルクスはもう一つ重要な比喩を提示している。それはまた次の記事で扱おうと思うのだけれど、そこで全体の中にはめ込まれた部分として全ての存在者を考えている。だとすると、自足する術を持つ理性的存在者が全体にはめ込まれるという事態が生じていることになるだろう。そのような自足は、理性的存在者の優れた点でありながら、しかし他の生物たちに劣ってしまう原因にもなりうるのではないか。また次回、もう少し考えることにしよう。

 

自省録 (岩波文庫)

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フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』の企て

フランシス・ベーコン(1561-1626)の主著『ノヴム・オルガヌム』は「諸学の大革新」の第二部として1620年に発表された。実は第一部は遅れて1623年に『学の尊厳と進歩について』として発表され、順序としては逆になっている。岩波文庫の解説によれば、一部は「革新」の地ならし的な意味で重要なのであり、新たな企ては第二部『ノヴム・オルガヌム』に示されているということである。

諸学の現状について、それが恵まれていず、大きく前進していないこと、そして精神が自然界に対して自己の権能を行使しうるためには、以前に知られていたとは、全く別の道が人間の知性に開かれねばならず、かつ別の補助手段が用意されねばならないこと。

ベーコン『ノヴム・オルガヌム』序言(岩波文庫、桂訳)

引用は序言に付された副題のようなものである。ここで端的に問題点と企てが提示されている。現状の学問に対する批判、そしてそれを乗り越えるための新たな方法を考えようとしているということの二つが問題となる。

そもそも批判しようとする学問とはどのような分野であるか。当時(現代もそうかもしれないが)、機械的技術は日々発展し続けていた。ガリレイの振り子の等時性の発見は、機械の代名詞である「時計」に新たな発展を与えたし、17世紀には持ち運び可能な時計も開発されることになる。機械技術の分野が学問として考えられていたかどうかは私はわからないのだが(少なくとも、地位は低いものであった)、このような分野に関して批判がなされるわけではないのである。むしろ、ベーコンが挙げているのは「哲学および知的諸学」である。そのような学問は讃えられてばかりであり、前進がほとんどみられないと述べている。

たまたまより高級な考察がどこかに飛び出したりすると、俗見の風によってすばやくあおられ吹き消された。結局、時は流潮のごとく、軽くかつ膨らんだものを我々にまで運んでくるが、重くかつどっしりしたものは沈めてしまったのである。(ibid.)

さて、序言の中程でベーコンは学問に携わる様々な人々の類型を提示しては批判していく。例えば、〈創始者を越えようとしない人〉〈議論の支配権ばかりを求める人〉〈支配権をもとめないとしても様々な論拠に振りまわされる人〉など、様々である。その中でもとりわけ次のような点が批判される。

取りわけ見逃してならないことは、経験を試みる場合にあらゆる努力が、直ぐに最初から或る定まった実地の成果を、性急かつ時期早やの熱意で求めたこと、(あえて言えば)投光的実験ではなく成果的実験を求めた点である。(ibid.)

ここにあるのは、知性への過信である。経験や実験といったものをじっくりと確かめなくてはならない場面で、知性への過信は性急に成果を求めようとする。ベーコンが度々批判するような、結果ありきの実験はこのような態度に存するものである。そのような事態をさけるためにベーコンが強調するのは「人間精神の真の合法的な抑制」である。その点では、論理学が正当に用いられたとしても、「それは到底自然の微細な点」にははるかに及ばないのである。

そして、それに代わってベーコンが提示するものが、感覚による知覚から打ち立てられた学問なのである。

このような困難な事がらにおいては、人々の自力による判断もまた偶然の幸運も断念しなければならない。というのは知能がいかほど卓越していても、試行の冒険を数多く重ねてみても、それらのことを克服することはできないから。足取りは手引きの糸で導かれねばならないし、全ての道はそもそも感覚による最初の知覚から、確かな仕方で付けられねばならないのである。(ibid.)

こうして、企ては帰納法という方法の提示に進んで行くことになる(実際帰納法という方法自体は1607年の cogitata et visa ですでに見られるという, SEP)。この序言の後半にあたる神への祈りの直前で、ベーコンは婚姻の比喩を用いて次のようにまとめている。

そしてこのような仕方で、経験的能力と理性的能力(これらの間の身勝手で不幸な離婚および離縁状が、人間一家のあらゆるものを混乱せしめたのだが)の間の、何時までも変らぬ真の合法的な婚姻をば、我々は固めたものと考える。(ibid.)

ベーコンの方法論はまさに経験と理性を結びつけるものであった。経験の補助を借りて理性は少しずつ前進できるのであり、理性のみに基づいて推論を進めても独断に陥るばかりだということなのだろう。実際、17世紀の機械論は機械という経験的モデルを自然に当てはめ、次々と自然法則を発見していくことに成功したのである。

結局、ベーコンの帰納法とはいったいどのようなものだったのか。それはまたの機会にみることにしよう。

 

ノヴム・オルガヌム―新機関 (岩波文庫 青 617-2)

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ビュリダンのロバに餌を食べさせたい

人生には様々な選択がある。どの学校に行くのか、だれと結婚するのか、どこに就職するのか…そういった選択だけではなく、日々はもっと選択に溢れている。何を食べるのか、何分後に寝るのか…すべてが必然だって言われてもいい。「それではあなたはそれを選択しなかったのか」と言うだけである。

なぜ選択は可能なのだろうか。「ビュリダンのロバ」という、かわいいロバのお話がある。左右に全く同じ条件で餌が置いてあり、そこまでの距離もロバの足の調子も全部、左右対称であったら、ロバは選択できずに餓死してしまうだろうというのだ(ビュリダンのロバについて、ビュリダンが語っている箇所は見つかっていないらしいという豆知識を挟もう)。ビュリダンのロバの仮定がありえないから、そんなことは起きないのか、それともそのような状態がもし仮にあったとしても、ロバは平気で選択をするのか。選択は何に従って生じてくるのものなのか。

ところで、パスカルが「靴のかかと」という、これまたいい感じのお話を書いている。

「なんて見事なできばえだこと。なんて腕の立つ職人さんだろう。勇敢な兵隊さんだこと。」こんな言葉が、われわれの志望と職業選択の出発点にある。「見事な飲みっぷりだこと。控えめな飲み方だこと。」こんなことで、節酒家になったり、酔っ払いになったり、兵隊になったり、臆病者になったりする。

パスカル『パンセ』35節(岩波文庫、塩川訳)

ここでは、私たちが何になるかをどうやって決めているかが取り上げられている。そして、それは誰かの評判なのである。私たちは「なんて腕の立つ職人さんなんだろう」と言われたくて、靴のかかとをつくる職人になったりするのである。栄光への架け橋を渡りたいという気持ちで、どこまでだって頑張れる。

功名は実に甘美なものなので、どんな対象に結び付けられようとも、たとえそれが死であろうとも愛される。

同書、37節

名誉のために人は勇気を出して死んだりもできる。なぜそれほどまでに甘美なものなのか。世の中には命を賭して手に入れたい名誉が存在している。死んで手に入れたときにはもう自分の手はなくなっているにもかかわらず。もしかしたら、死なないかもしれない数パーセントの確率に賭けて手に入れようとしているのかもしれない。そういうものに自身の選択が振り回され続けているという状況はありそうな話である。

パスカルはしかし、それ以外にも選択の道はあるはずだと考えている。

すべては一であり、すべては多様である。人間の本性のうちには、どれほどの本性があることか。またどれほどの職業があることか、それもいかなる偶然によって。誰でも普通は周囲のもてはやすものを選択する。

同書、129節

人間の本性のうちに多様がある。人間は一である。一であることのうちに、多様があることは矛盾するだろうか。しかしここに現にそうあるということが重要なのだろう。一なるものには変化がありえない。変化のないところには傾きがない。そこに動的なものはない。しかし、いったんそこに多様があるのであれば、自身のうちに流れや動きや変化が次々と現れて、何かへの傾きを創出することになる。

じっさい、いくつかの地方は石工だらけ、他の地方は兵隊だらけ云々、といった具合だ。自然は決してこれほど画一的ではない。だからそんな事態を作り出すのは習慣だ。習慣が自然を束縛するからだ。しかしときには、自然が習慣に打ち勝ち、あらゆる習慣--それがよかろうと悪かろうと--のくびきにもかかわらず、人間をその本能のうちにひきとどめる。

同書、634節

問題は名誉や人気、そして迫害や軽蔑などの習慣なのである。言葉は、私たちのうちで習慣となって人々を動かす。「習慣が自然を束縛する」としても、自然(例えば人間の本性)が「習慣に打ち勝つ」ということもやはりありうる。習慣づけられることが必ず起こるとしても、どのように習慣づけられるかを選ぶことはできるのだろう。

習慣のように外的に付与されるような傾きにのみ、選択の起源を求める限りビュリダンのロバは餓死してしまうだろう。ただし、もしそのロバに外的な習慣に打ち勝つだけの自然があったならば、ロバは自ら傾きを作り出し餌にありつくのではないだろうか。そのような自発的な自由を認めることには、たしかに当時重大な問題が含まれていた。とりわけ宗教的な意味で。それでも、ビュリダンのロバを餓死させたくはないと、私は思うのだが。