CORPUS ORGANICUM

日々の雑記。

三木清「哲学はどう学んでゆくか」後半

さて、前半のつづきを書こう。引用はすべて、三木清『読書と人生』「哲学はどう学んでゆくか」からのものである。

前半では、自分の立脚点を定めてそこから他の学説などを学んでいくということが示されていた。後半では、その立脚点を一人の哲学者や学派を選ぶということのみならず、具体的な問題に立脚するということを考えていく。具体的な問題は、科学や人生や道徳など、自身の具体的な所属や在り方から生み出されてくるようである。

諸君がもし自然科学の学徒であるならその自然科学を、またもし社会科学の学徒であるならその社会科学を、更にもし歴史の研究者であるならその歴史学を、或いはもし芸術の愛好者であるならその芸術を手懸りにして、そこに出会う問題を捉えて、哲学を勉強してゆくことである。 

前半でも言ったように、哲学はその対象が曖昧である。それゆえ、学ぶ上では自身の問題設定というものが重要になってくる。上で三木が挙げているような、どの分野であっても、その分野の枠内では処理しきれない問題というものがある。或る科学分野において前提されていることを、或る科学分野それ自体が説明しうるということは少ないのではないだろうか。そのような場面で問題は哲学的になってくる。

三木は、哲学が科学につねに接触していることが重要であると考えているようだ。

元来、哲学が科学に接触しようとするのは、物に行こうとする哲学の根本的要求に基づいている。哲学者は物に触れることを避くべきではなく、恐るべきではない。物に行こうとする哲学は絶えず物に触れて研究している科学を重んじなければならぬ。

「物に行こうとする哲学」という表現は、果たして哲学すべてが物に行こうとすることを表しているのか、それとも、哲学のうちでも物に行こうとする哲学というのがあるのか、いまいちわからない。前者だとすると、哲学が果たしてみな物に行こうとする哲学なのかは疑問だが、それはいまは置いておこう。どちらにしても、伝統的に哲学は科学に触れ続けてきたわけであり、哲学史にしても新しく哲学を打ち立てるにしても、科学抜きには語れない部分が大きいことは確かであろう。

では、哲学はどのように科学に触れるべきか。三木は「つねに源泉から汲むことが大切である」と考えており、「第一流の科学者の著述に向かうことが肝心」なのだという。例としては、ポアンカレ、マッハ、ベルナール、ウェーバーゲーテの自然研究なんかが挙げられている。科学と言っても、数学や物理学にとどまらず、生物学や心理学、さらには社会科学、文化科学、精神科学、歴史科学など、その立脚点は実際どこでも良いのであるという。どこでも良いのだが、しかし次のように言う。

何か一つの学科を選んで深く研究し、できるなら、専門家の程度に達するようにしたいものである。哲学は普遍的なものを目差すのであるが、普遍的なものは特殊的なものと結び附いて存在する。抽象的に普遍的なものを求むべきではなく、特殊的なもののうちに普遍的なものを見る眼を養わなければならぬ。

求められているレベルは専門家の程度である。なかなか大変そうだ。哲学の専門家は、なんらかの科学の専門家でもなくてはならないようだ。なるほど、言われてみればライプニッツは哲学の専門家でありながら、法学博士でもあった(1000年に1人の天才を引き合いに出すのはどうかと思うけれど、実際彼は哲学で修士号をとって、法学で博士号を取得しているのだ)。

科学的な問題から出発する必要は必ずしもない。三木は人生の問題にも目を向けている。彼自身の最初の著作が『パスカルに於ける人間の研究』であることからも、科学だけが具体的な問題の場面だとは考えていなかったのであろう。実際、パスカルモンテーニュの人生論について「彼らの人生論には独特の実証性がある。科学の実証性とは異なっているが、また相通ずるものがある。この実証性に目を留めねばならぬ」と述べている。

さて、科学や人生の問題に立脚して哲学を学んでいくなかで、共通して重要なことは「明晰に思考すること」だという。

学問として哲学を学ぶことは思考すること、明晰に思考することを学ぶことである。もちろん直観にもそれ自身の明晰性と厳密性がある。しかし直観の明晰性や厳密性も、論理的に明晰に厳密に思考することを知らないものには達せられないであろうし、少くとも哲学的に重要なものとはならないであろう。

混沌としていて底の見えないような哲学は深そうにみえるが、深いとは限らないと三木は考えている。「どこまでも澄んでいて、しかも底の知れないものが、真に深いのである」というように、哲学においては常に明晰性が重視される。そのような哲学から豊かさが湧き出てくるのであるが、しかしそのような深さは明晰性以外には一般性を持っていないという。明晰であるうえに、「すべての人間がめいめい独自のものであるように、深さもそれぞれ独自のもの」として存在しているということは、注意しておきたいところである(本当かどうかはさておき)。

明晰性ということで、考えるべきは論理学の存在である。時代だろうが、「今日我が国では誰でも誰も彼もが弁証法」と言っているらしい。三木の考えでは、そういうものから始めるよりもアリストテレス論理学とかカント論理学から始めた方が間違いがないということだ。しかし論理学をやるにしても、それは「物」と常に結びついていなければならない。三木はヘーゲル弁証法を取り上げながらつぎのように述べている。

正、反、合とか、否定の否定とかいった形式を覚えることではなく、物を弁証法的に分析することを学ぶことが問題である。弁証法の形式にはめて物を考えるというのではなく、物をほんとに掴むと弁証法になるというのでなければならぬ。論理は物のうちにあるのでなければならぬ。

「物」の存在を重要視する以上は、論理学は認識論に連なっていく。「論理は具体的には特に科学の論理、あるいは認識論的意味における科学の方法論」として考えられているのである。論理学というのがここではかなり広い意味で捉えられてきているのだと思うのだが、何にせよそういった論理によって、科学各分野において認識を揺るぎないものとしていくのかを考えていくことは重要であろう。

 

結局、私たちはどうやって哲学を学んだらよいのだろうか。前半のはじめにも述べたように、それに答えることは不可能に近いのだろうか。哲学を学ぶとは一体なにを学ぶことなのだろうか。疑問しか残っていないが、そういう疑問を抱えながらでも、論理学を勉強してみたり、哲学書なるものを読んでみたりすることはできる。とりあえずやってみることだ。それでいつの間にか入門できているのであれば、どうやって哲学を学ぶのかわからないにしても、目的は達せられているということで満足できなくはないだろう。

 

 

三木清「哲学はどう学んでゆくか」前半

「哲学ってどうやって勉強したらいいの?」という質問によく出会う。よく言われるように、哲学には生物学や物理学などのようにスタンダードな教科書なるものが存在しない。これを一冊読めばとりあえず大丈夫みたいなものがないのである。一方で倫理学分野の方ではわりと教科書整備が進んでいて、現代なされているメインの議論ということに絞るのであれば教科書もありそうに思う。単純に哲学は領域が広すぎるのであろうか。学問の方法自体を問う姿勢からもわかるように、あらゆる学問を包括する側面が哲学にはある(いちおう言っておくが、包括するから偉いというわけではない。「包括していること」と「価値があること」は全く異なる)。

その広さは哲学の面白さでもあるのだが、同時に哲学を始めたい人にとっては悩みの種となる。生物学が生物を対象にし、物理学が物理現象を対象にするようには、哲学は対象を有していないのである。対象の不確定にもかかわらず哲学が哲学であるといわれるのは、結局その方法論の側に哲学の本質があるということなのだろうか。かといって、哲学には多くの方法論が存在していて一概にいうことはできないし、じゃあ哲学の同一性ってなんなのだという気持ちになる。うーん。

三木清の『読書と人生』という薄い文庫本が家にあった。ぺらぺらとめくっていると、その中に「哲学はどう学んで行くか」という短いエッセイがあったので紹介したい。やはり三木も次のように述べている。

哲学はどう学んでゆくかという問は、私のしばしば出会う問である。今またここに同じ題が私に与えられた。然るにこの問に答えることは容易ではないのである。これがもし数学や自然科学の場合であるなら、どういうものから入り、どういう本を、どういう順序で勉強してゆくべきかを示す事は、或いはそんなに困難ではないかも知れない。それが哲学においては殆ど不可能に近いところに、哲学の特色があるともいえるであろう。

よかった。私が哲学をどうやって学んだらいいかを説明できなかったとしても、私のせいではないようである。安心したところで、彼のいうところに耳を傾けていこう。 

「哲学概論」という名を冠した書物がある。「哲学においては概論書から入ることを必ずしも必要としないし、またそれが必ずしも最善の道でもないのである。始めに概論が読みたいというのなら、何でも一冊でたくさんだといいたい」と三木は述べる。もちろん、概論書に意味がないといっているのではない。哲学においては概論書を最初に読む必要はないというのである。概論だからといって易しいというわけでもないし、それぞれの哲学説を考えるのならば哲学史をしっかりとみる必要もある。哲学概論だからといって哲学入門とは限らないのであろう。

先ず必要なことは、哲学に関する種々の知識を詰め込むことではなくて、哲学的精神に触れることである。これは概論書を読むよりももっと大切なことである。そしてそれにはどうしても第一流の哲学者の書いたものを読まなければならぬ。

第3節で三木はこのように述べている。「哲学的精神」というものが何かわかれば苦労はしないのだが、それは感じるしかないのであろうか。ともかく、そのような精神に最初に触れるのに良いとして挙げられているのは、プラトン著作デカルト方法序説』である。プラトン著作はたくさんあるが、『メノン』とか読んでみたら良いのではないかと私は思う。

上の二冊であれば難解すぎて躓くということはないかもしれないが、中にはフィヒテ『全知識学の基礎』のように難解な言葉で書かれた(悪口ではない)本もある。三木は次のように述べている。

哲学も学問である以上、頭からわかる筈のものではんく、幾年かの修行が必要であるということである。[中略]しかし哲学は学問ではあるが、フィヒテがその人の哲学はその人の人格であるといったように、個性的なところがあることに注意しなければならぬ。従って哲学を学ぶ上にも、自分に合わないものを取ると、理解することが困難であるに反し、自分に合うものを選ぶと、入り易く、進むのも速いということがある。すべての哲学は普遍性を目指しているにしても、そこになお一定の類型的差別が存在するのであるから、自分に合うものを見出すように心掛けるのが好い。

自分に合うか、合わないか、ということが問題だとすると、哲学をどう学ぶかということを一般的に語ることは断念しなければいけないだろう。しかしたしかにそういうところがあるように思う。だから、「自分に合う一人の哲学者、或いは一つの学派を勉強」してそこを立脚点にして他の哲学者などに進んでいくのが良いのだろう。それでも、自分に合うものを選ぶべき、という点に関しては少し疑問がある。哲学を学ぶということは哲学に没入するということというよりは、その哲学に対して疑問を発しては答えを受け取りの繰り返しではないかとも考えられるからである。それでも、少なくとも言えることは、一人の哲学者や一つの学派を選んでそこから学んでいくというのが良いということであろう。

 

少し長くなったので、一旦切ろう。この先で三木は、自分の立場から哲学を学ぶべきだということを述べていく。科学や社会学などの立脚点で問題を捉えて、哲学をそれに沿って学んでいくということである。最初にも書いたが、哲学はその対象が多岐に渡っているのであり、その対象を立てるという意味でも具体的な立脚点が必要になってくるのであろう。

 

マルクス・アウレリウスの比喩:『自省録』第4章より

今日は『自省録』第4章の比喩を見てみようと思う。章ごとに特徴があるということでもないと思うのだが、全12章の『自省録』を比喩に着目しつつのんびり読んでみようという気持ちである。第4章には方向性の異なるいくつかの比喩が登場する。

 

第1節:人間の内なる主と呼ばれるものを、「火」に喩えている。

小さな灯ならば、これに消されてしまうであろうが、炎々と燃える火は、持ち込まれたものを忽ち自分のものに同化して焼きつくし、投げ入れられたものによって一層高く躍り上がるのである。

マルクス・アウレリウス『自省録』神谷訳)

人間の内なる主が自然に従っているのであれば、この「炎々と燃える火」のように他のものに適合していくというのである。人間のうちなる主が、どれだけ火と類比的に語られているのかが気になるところだ。つまり、火は「他のものを取り込む」というだけではなく、「熱い」とか「ゆらめく」とかさまざまな性質を有しているわけだが、そのうちの全ての性質が人間の内なる主と同じであるとは考えづらいということである。

 

第3、4節:宇宙と国家の類比

また宇宙は国家に似たものであるということがどれだけ多くの事実によって証明されているかを思い起こすがよい。 (同、第3節)

もし叡智が我々に共通のものならば、我々を理性的動物となすところの理性もまた共通のものである。であるならば、我々になすべきこと、なしてはならぬことを命令する理性もまた共通である。であるならば、法律もまた共通である。であるならば、我々は同市民である。であるならば、我々は共に或る共通の政体に属している。であるならば、宇宙は国家のようなものだ。 (同、第4節)

宇宙は生き物であるということを考えるならば、人間身体もまた国家に似たものであり、人間=宇宙=国家という類比関係が存在しているようにも思われる。ただし、この類比を成り立たせる類似性が、どれほど推移性(人間=宇宙、宇宙=国家という前提から人間=国家を導き出すようなこと)を有しているかは疑問である。

 

第6節:イチジクの比喩

このような人々であってみれば、彼らの手で自然にこういうことが起こるのは止むをえぬ話である。これをいやだというのは、無花果が酸っぱい汁を持っていなければよい、というのと同様である。(同)

どうやら無花果という果物は古代ローマではありふれたものだったようである。無花果が酸っぱい汁を持っているってどういうことなのか、私はよくわかっていない。誰か知っていたら教えて欲しいところ。

 

第15節:香の粒の比喩

沢山の香の粒が同じ祭壇の上に投げられる。或るものは先に落ち、或るものは後に落ちる。しかしそれはどうでもよいことだ。 (同)

この話は、前節の話から続いている。前節では全体の一部として存在し、自分を産んだものの中に消え去っていくということが語られる。その一部であるということは、それぞれさまざまな境遇に置かれるということであるが、どうなろうが「どうでもよいことだ」とマルクスはいう。個人というものは全然重視されていないように思われる。でも、重視されていない個人は、それでも個人ではあるわけで、そういうものの在り方を考えるのは面白いことだと私なんかは思うのである。

 

第44節:日常茶飯事なものを表す比喩

あらゆる出来事はあたかも春の薔薇、夏の果実のごとく日常茶飯事であり、なじみ深いことなのだ。 (同)

これは非常に美しい比喩である。しかし表現している内容は不思議なことを言っているように思う。どんなに新しいように思われる出来事も結局日常茶飯事なのだとマルクスは考えている。例えば第36節では、「宇宙の自然は現在あるものを変化させ、同じものを新しく作り出すことを何よりも好む……現在存在するものは全て将来それから生ずるであろうものの種子なのである」と述べている。ここには、変化というものに対する独特な考え方を見ることができる。「同じものを新しく作り出す」ということは、同じものでありながら、その相貌を変化させるということであろう。だから、それぞれが種子のように未来のことを含んでいて、少しずつ展開していくということになる。「日常茶飯事」とか「なじみ深い」ということの意味が問題であろう。一体何を表現しているのか。今述べたような他の箇所のことを考えるのであれば、「普通の流れである」というくらいの意味で考えるのがよいのかもしれない。あらゆる出来事は、種子のようにすで含まれていたからこそ、「春の薔薇」や「夏の果実」のように、毎年当然のように生じてくるのである。

 

『自省録』第4章にはもう一つ素晴らしい比喩があるのだが、少し長くなってしまったので、次の記事で書くことにしよう。

 

マルクス・アウレリウスの比喩:『自省録』第3章より

昨日見たように、『自省録』第2章における目立った比喩は「身体」と「宇宙」を類比的に表現するものであった。それでは第3章ではどうなるのだろうか。少し長いが見てみよう。

つぎのことにも注意する必要がある。それは自然の出来事の随伴現象にもまた雅致と魅力があるということだ。 たとえばパンが焼けるときところどころに割れ目ができる。こういう風にしてできた割れ目は、ある意味でパン屋の意図を裏切るものではあるが、しかし或るおもむきを持ち、不思議に食欲をそそる。また無花果も完全に熟すると口をひらく。今にも実の落ちようとしているオリーブの樹においては、実が爛熟に近いために、かえって或る美しさを帯びるものである。穀物の穂がしだれているのや、獅子の額の皮や、野猪の口から流れ出る泡や、その他多くのものは、これを一つ一つ切りはなしてみればとうてい美しくはないが、自然の働きの結果であるために、ものを美化するに役立ち、心を惹くのである

マルクス・アウレリウス『自省録』第3章第2節、神谷訳、下線は筆者)

前半では、マルクスの鋭い観察眼が立ち現れている(それともこのような例は伝統的なものだったのだろうか)。焼いたパンの割れ目に着目する点などは、なんだか「わびさび」的な精神に通ずるものを感じざるをえない。

問題は下線を引いた後半の文章である。ここで挙げられている「穀物の穂」「獅子の額の皮」「猪の口の泡」などはそれ自体では美しいものではないとされる。たしかに、「猪の口の泡」を見て美しさを感じるという人はなかなかいないであろう。ところが、このようなものでも「自然の働き」と結びつけられることで美化されるという。

ここでは「部分が全体を表現する」という修辞的技法が、実在的な世界そのものにも現われ出ているのを見ることができる。佐藤信夫『レトリック感覚』で紹介されているものに従えば、全体と部分には二つの異なる理解の仕方(正確には三つだが今回は二つだけ挙げよう)が存在する。

(Π)人間=頭(および顔)および頸および肩および両腕および両手および胸および腹および背中および腰および……

(Σ)人間=日本人またはアメリカ人またはソ連人または中国人またはフランス人またはドイツ人または……

佐藤信夫『レトリック感覚』講談社、p. 149)

(Π)における全体-部分関係は現実の構造に関わっているが、(Σ)の方は類種関係として理解されている。どちらの理解であっても、全体で部分を表現したり部分で全体を表現したりすることができる。たとえば、例を一つだけあげるならば、「頭数を数える」といって「頭」を数えるというよりは「人間」を数えているというように。

さて、マルクスが下線部で挙げた例はどちらの意味で捉えられるべきだろうか。それは明らかに(Π)の方であろう。宇宙の部分として「穀物の穂」などが挙げられている。このとき、部分は部分それ自体を表示しているだけではない。それを全体に結びつける思考が求められているのである。マルクスは同じ章で次のようにものべている。

まことに人生において出遭う一つ一つのものについて、組織的に誠実に検討しうることほど心を偉大にするものはない。その対象がどんな宇宙に対してどんな効用を持っているのか、全体にたいしてどんな価値を持っているのか[中略]、常々そんな風に個々の対象を見ることほど心を偉大にするものはないのである。 (『自省録』第3章第11節)

私たちは修辞的な技法として、結果によって原因を表現するという手法を使うことがある。悲しむことを「うなだれる」、「なげく」、「泣く」と言う場合がそれである(『レトリック感覚』p. 121)。自然は言葉ではない。しかし、マルクスは自然においてもまたそのような修辞法と同じ構造が働いていることを見ているのである。「穀物の穂のしだれ」は、その原因であるところの全体的自然を表現しているということになる。

『自省録』第3章の比喩は第2章とは異なり、部分と全体の類比ということになっている。部分が全体と結びつくことによって意味をもつというのは、「身体」の特徴でもあるかもしれない。だとすると、宇宙は生き物であり身体であるということ、そしてそこに部分-全体の結びつきが存在しているということ、これが並んだ章で語られるのはとても自然な流れであるように思われる。

 

マルクス・アウレリウスの比喩:『自省録』第2章より

マルクス・アウレリウスの『自省録』には、多くの比喩が登場する。

なぜなら私たちは協力するために生まれついたのであって、たとえば両足や、両手や、両目蓋や上下の歯列の場合と同様である。それゆえに互いに邪魔し合うのは自然に反することである。  (マルクス・アウレーリウス『自省録』神谷訳)

第2章の冒頭に登場するのがこの比喩である。話としては、世の中にはたくさん嫌な奴がいるけれど、そういう人々と互いにぶつかり合うのは自然(この「自然」という概念はストア派において重要な概念なのだろうが)に反するということである。その比喩として、私たちの身体における対になった器官があげられている。

両足、両手、両目、上下の歯、これらは互いが互いを邪魔することなく働いているというのは、たしかにその通りである。というより、これらの対は協力し合うことでより効率良くその目的を果たすことが可能になっている。1つの身体のうちで、それぞれの器官が全体のために協力するように働いているということから、マルクス・アウレリウスは人々の間の本性的な協力関係を導き出す。このような比喩は、彼が宇宙を1つの生き物として考えていたことにも由来するのだろう。

宇宙は1つの生き物で、1つの物質と1つの魂を備えたものである、ということに絶えず思いをひそめよ。 (同書)

それぞれの人間も1つの身体のうちの器官のように、ぶつかり合うことのないようなものとして考えることができるということなのだろうか。自然の秩序の中に置かれるというのは、私たちの身体的な調和のうちに置かれるのと同様の協力関係を、世界のうちにみる理由として十分なのかはわからない。

 

第2章に登場する、もう1つの印象的な比喩を紹介しよう。

人間の魂が自己をもっとも損なうのは、自分にできる範囲において宇宙の膿瘍や腫瘍のようなものになる場合である。なぜならば何事が起っても、そのことにたいして腹を立てるのは自然にたいする離反であって、他のあらゆるものの自然はその自然の一部に包括されているのである。 (同書)

こちらは、第2章の最後から2つ目の節に置かれた比喩である。ここでも、宇宙は1つの生き物のように考えられているのがうかがえるだろう。というのも膿瘍や腫瘍というのは、生き物において生じるものとして考えるのが普通だからである。膿瘍や腫瘍は、両手や両足が協力しあっている身体において、ある種の離反者である。時には腕を腐らせることもあるし、そのことによって腕の働きを阻害する。

ここでマルクス・アウレリウスが「人間の腫瘍のようなものになる」のではなく「宇宙の膿瘍や腫瘍」と述べたことは興味深い。宇宙に膿瘍が生じるということを言葉のままにとることはできない。すべては協力関係にあるとされる宇宙に生じた何らかの離反性を「膿瘍や腫瘍」という言葉で表している。このことによって、宇宙が人間と類比的に語られることが自然に導入されていく。宇宙はいつのまにか1つの生き物に対して語られるはずの言葉の対象となっているのである。

 

以上で見たような『自省録』第2章における比喩は、対になった身体器官の協力関係と、それに対する離反者としての腫瘍という、どちらも身体的な比喩である。比喩の領域が身体へ収められているということによって、1つの生き物としての宇宙という点が明らかに強調されることになる。その意味で、第2章に登場するこれらの比喩は効果的であり見事であると私は思う。

 

横断歩道の白線で遊ぶこと

横断歩道を渡ろうとするとき、誰しも白線に意識がいってしまうという経験があるのではないだろうか。「横断歩道の白線から落ちたらワニに食べられてしまう」というような架空の設定で遊んだ記憶がある人もいるだろう。私の経験からいえば、横断歩道で自分のルールを作って遊ぶというのは非常に自然なことのように思われる。しかし、なぜそれが自然なことであるのだろうか。というか、そもそもそれは「遊び」と言っていいのだろうか。

こういうときはとりあえず歴史から調べるのが定石だ。横断歩道が今のようなゼブラ模様になったのは最近のことらしい。ソニー損保のHPによると、現在のようなゼブラ模様は1992年以降のものであり、それ以前はゼブラの両脇を縦線が走っていたり、もっと前には互い違いの線になっていたようだ(言葉では説明しづらいので、HPにある図を見て欲しい)。ただし、どの線にしても「白線」で描かれていることは変わらないし、1920年に日本初の横断歩道が作られたときから石灰粉で描かれていたというから、色はずっと白いままだ。白と黒(あるいは土の色)のコントラストは運転する人々にとって目立つものであると同時に、歩行者にとっても目に入らざるをえないものだろう。横断歩道は、日本におけるその登場以来、歩行者に対し積極的に「何か」を訴え続けてきた。この何かというものが、「ここを渡ってください」以上のものであるとき、人々はそこに「遊び」を見出すことになる。

さて、「横断歩道の白線から落ちたらワニに食べられてしまう」遊びでは長いので、さしあたり「横断歩道遊び」と呼ぶことにしよう。「遊び」と名付けながら、この行動を「遊び」と呼ぶことに多少抵抗を感じるのは、そもそもこの遊びは自分以外の誰も参加する必要がないからである。普通、おにごっこやかくれんぼなど、他の人々とルールを共有することが、その遊びとしての重要な要素になっている。ところが、「横断歩道遊び」は1人で行われることが多い。そのような遊びはルールを自分で決めることができるし、「白線から落ちたら負け」だとしても、誰に負けるのかよくわからない。頑張ってスコア(というものがあるならば)を伸ばす楽しみくらいが関の山だろう。

「遊び」の体系的分類で有名なカイヨワは『遊びと人間』の中で、「遊び」を次の6つの項目で定義している。「自由な活動」「隔離された活動」「未確定な活動」「非生産的活動」「規則のある活動」「虚構の活動」である。参加が自由でなければならないし、空間として隔離されていて、結果がまだ決まっておらず、新たに何かを作り出さず、ルールがあって、非現実的な意識のもとに行われるのが「遊び」だとされる。「横断歩道遊び」はこの6つの規則に当てはまっているだろうか。

「横断歩道遊び」は「未確定な活動」といえるのだろうか。多人数で行われる遊びの場合、状況は思いがけない方向に絶えず変わっていく。結果はなかなか予想がつかないし、そのおかげでサッカーくじなどが成り立っている。たしかに「横断歩道遊び」には、白線の外側に落ちてしまう可能性が存在している。ところが、実際のところ、白線の外側に落ちないように歩くというのは、そんなに難しいことではないし、気をつければ失敗することはないはずである。

それでも、「横断歩道遊び」を「遊び」として呼ぶことができるとすれば、それは「渡る」という行為の不確定性に訴えるのではなく、むしろ「賭け」としての不確定性が持ち出されるべきかもしれない。「横断歩道遊び」には実は「白線から落ちてはいけない」というルールとは別に「不自然ではない歩き方で渡る」「歩幅を一定で渡る」というルールが含まれているのではないか。もしそうであれば、横断歩道を渡る以前に「このくらいの歩幅で渡れば全ての白線から落ちずに渡れる」という予測であり、この予測が当たるかどうかという「不確定な」賭けゲームとして考えることができる。

このように考えると、ルールを決定することそれ自体が「横断歩道遊び」の一部になっている。「横断歩道遊び」は横断歩道を渡る遊びなのではなくて、「横断歩道を渡るルールを決定する遊び」であり、「渡るためのルールを設定する」という、いわばメタルールによって「規則のある活動」として定められている。

賭けとしての「横断歩道遊び」はカイヨワの定義から「遊び」であるということが言える。異論もあるかもしれない。というのも、実は「横断歩道遊び」という遊びがどんな遊びなのか誰も知らないからだ。それは個人が勝手に作り上げる遊びであり、その遊びが確定されていない以上は何も断言できない。それでも、少なくともある種の「横断歩道遊び」がカイヨワの言うところの「遊び」の定義を満たしているということが言えたので、満足することにしよう。

 

遊びと人間 (講談社学術文庫)

遊びと人間 (講談社学術文庫)

 

 

エピクテートスが哲学に求めたこと

哲学の始めは、少なくともあるべきように、そして入口を通ってそれにとりかかろうとする人々においては、必要なものに関する自分の貧弱さと、無能力とを自覚することである。 (エピクテートス『人生談義』鹿野訳)

エピクテートスはストア後期哲学者として有名であるが、一冊も本を書かなかったと言われている。それでも、彼の語録や断片は残っており、上に引用した『人生談義』もまたそのうちの一つである。この語録はエピクテートスの弟子であるアリアーノスが著したものであり、「語録」「提要」「断片」の三部から成っている。「語録」では、エピクテートスが話した内容ができる限りそのまま記され、「提要」はその語録の抜粋のようなものとなっている。「断片」はいろいろな人の本からの引用であり、出典とともに残されている。

さて、上で引用したのは『人生談義』第2巻第11章「哲学の始めは何か」という部分の冒頭である。「哲学の始め」という言葉でこの章は何を探求しようとしているのであろうか。ここでエピクテートスは知識について探求を進めようとしているのだが、知識それ自体の探求や懐疑に向かうのではないことに注意したい。というのも、彼はある部分で生まれつきの知識というものを認めており、その限りでは知識それ自体は誤り得ないものとして存在している。

善悪、美醜、似つかわしい似つかわしくない、幸不幸、ふさわしいふさわしくない、また為すべきこと為すべからざることについては、誰が、生得観念を持たないで生れて来たであろうか。だからすべてわれわれはその言葉を用い、そしてその先取観念を、個々の事物に適用しようとしているのだ。

生得観念とは一般的には人間が生れながらにして先天的に持っている観念を指す。また、ライプニッツは『人間知性新論』序文で「ストア派の哲学者たちはこれらの原理をプロレープシスと呼んでいた。即ち、根本的仮定、言い換えればあらかじめ含意されている事柄、と呼んでいた」(米山訳)と述べている。近世における生得観念と古代におけるそれは、含意するものが多少異なるのかもしれないが、それはひとまず置いておこう。

生得観念として、上記のような知識が成り立つのだとすれば、哲学がこれらの知識それ自体を保証する必要はない。そこで、エピクテートスが問題とするのは、それらの知識の「適用」の方である。人々はそれらの知識の適用に関して、互いに矛盾するような仕方で行っていることが指摘される。この矛盾によって多くの混乱が生じてきている。それゆえ、彼がここで考える哲学の為すべきこととは、これらの適用に関する矛盾の認識と、どのように知識を適用するべきかということの基準を打ち立てることにある。

哲学の始めを見るがいい、それは人間相互における矛盾の認識であり、矛盾の出て来る根源の探求であり、単に思われるということに対する非難と不振であり、また思われるということについて、それが正しいかどうかの何か研究であり、また例えば重量の場合に、秤を発見し、曲直の場合に定規を発見するように何か基準を発見することだ。

知識の適用における基準とは一体何であるか。知識の適用を正当化するためには、「人によって正しいと思われる」ということでは十分ではない。なぜ、われわれに思われるものが「シリア人に思われるもの以上に正しいのか、なぜそれがエジプト人に思われるもの以上に」正しいのか…という疑問が生じてくることになるからである。そこで、なにか基準が必要なのであるが、それを探求することこそが哲学の仕事だとエピクテートスは述べている。

諸基準を考察して確立するということは、哲学するということであり、その認識されたものを使用するということは、賢者の仕事なのだ。

結局のところこの基準の探求に結論が出されるわけではない。だが、何をするべきなのかということを見定めるという意味で、この章は重要であろう。目標がなければどこに進むべきかもわからないのであるから。

 

人生談義〈上〉 (岩波文庫)

人生談義〈上〉 (岩波文庫)

 

 

人生談義〈下〉 (岩波文庫)

人生談義〈下〉 (岩波文庫)