すし天ぷら蕎麦、哲学

日々の雑記。

障子とカーテンとアイマスクの話

ちょっと前まで私は障子に対するちょっとした文句を抱えていた。私が寝起きする部屋は和室であり、それゆえに、これは当然のことであるが、窓から差し込む光を遮る役割を果たすものとして、障子があてられている。もう長いこと張り替えていない障子は、もうすっかりボロボロで、それは、太陽から発せられる強烈なエネルギーを表現してもいる。

ところで、一般に、窓際で太陽光を遮るために働くものといえば、もうひとつカーテンがある。カーテンはすごい。何重かに重ねられた布は太陽の光をほとんど通さない。だが、私の枕元にあるのは、障子なのだ。残念ながら。朝方、有無を言わせぬ惑星が我々の星を照らし、圧倒的な力で、我々の閉じた瞼の上に光線を落とす。薄い皮膚の後ろで、我々の眼球は光を感じる。毛細血管を透かすような赤い光が、まだ覚めていない意識を叩き起こす。ああ、この世界の摂理にも負けぬ、強い強い防壁が欲しい。

カーテン相手ならば屈服する光も、障子の薄い和紙なんて物ともせずに通り抜けてやってくる。相手はボロボロの障子だ。こうして、私の朝は、無理矢理な覚醒で始まるのであった。ある時までは。

というのも、最近、私はアイマスクというものを買った。しかもBluetoothイヤホン付きのアイマスクを。これがなかなかよくて、光も音も遮って、私を外界の激しい刺激から守ってくれる。三千世界のカラスたちも、イヤホンには勝てないし、どんなに強い太陽光もこのアイマスクを乗り越えてはやってこない。見たか、これが人間の叡智だ。

心の余裕というのは大事なもので、アイマスクを手にした今、障子のことを考えてみると、なんだか愛らしく思えてきた。不満だったその不甲斐なさも、ある意味チャーミングポイントじゃないか。だいたいよく考えてみると、完全には太陽光を防いではくれないが、しかしむしろ、ちょうどいいくらいの明るさに調整して室内に入れてくれているではないか。カーテンにはなかなかできない芸当だ。意外と器用なものなのかもしれない、障子というのは。

アイマスクのおかげで、障子に対する感謝の気持ちすら湧いてきた。そうだ、今度、張り替えてあげよう。障子だって大切だ。アイマスクを外して最初に飛び込んでくる光は、障子越しくらいがちょうどいいのだから。

ミシェル!ミシェル!!|『禁じられた遊び』は未だに(※ネタバレ注意)

ルネ・クレマン監督『禁じられた遊び』(1952)に関係する何事かについて、私が得た最初の知識は、何よりもまずその音楽に関してであった。『禁じられた遊び』の劇中の音楽は、(どうやら予算の関係で)ナルシソ・イエペスのギター1本で演奏されている。このギター曲が初心者にちょうどいいということで、昔のギター教則本を開くと「愛のロマンス(『禁じられた遊び』より)」という題名で楽譜が載っていたものである。当時、映画をみたこともなかったし、演奏されたものを聞いたこともなかった私は、なんとなく楽譜をなぞってみて、なるほど退屈な曲だなと、真面目に練習することもなかった。だから、私の『禁じられた遊び』に対するイメージは、昔の教則本に載っている退屈な練習曲の映画、という程度のものであった。

その後、何かの本を読んでいたら、この映画についてさらなる知識を得る機会に遭遇した。どうやら『禁じられた遊び』という映画は、少年と少女が一緒にお墓を作る反戦映画、らしい。お墓を作る映画というのは世の中にどれほど存在するのだろうか。お墓に入る映画はたくさんあるが、お墓を作る映画というのは。自分の小さい頃を思い出してみると、たしかにお墓というものを作った記憶がある。カブトムシだったか、クワガタムシだったか忘れたが、私は死んでしまった何かのため、庭に穴を掘り、目印の木を挿してお墓とした。もしかしたら何か文字も刻んだかもしれない。とはいえ、少年時代の私にとって、それが何ムシだったかも忘れてしまうほどに、「その」生き物が死んだことには興味はなかったのであろう。お墓を作りたかったのだ。何かを弔いたかった。あるいは、自らで儀式を主催してみたいと思ったのかもしれない。

映画『禁じられた遊び』の話に戻そう。最近になってやっとこの映画を見ることができた。簡単にあらすじをおさらいしておくと以下のようになる。第二次世界大戦中、ドイツ軍の戦闘機の機銃掃射によって両親を亡くした少女ポーレットと、少し年上の牛追い少年ミシェルとが出会うところから、物語は展開してゆく。死んだ子犬を抱えるポーレットに、ミシェルは「死んだものにはお墓をつくるものだ」と教える。ポーレットはお墓や祈りというものをそれまで知らなかったのだが、ミシェルに教えられ、二人で秘密の水車小屋に埋葬し十字架を立てる。「子犬がひとりで可哀想なのでもっとお墓を作ってあげたい」というポーレットに、ミシェルは、モグラやヒヨコの死体を探してきてはそこに埋葬する。二人のお墓作りは徐々に盛り上がり、ミシェルはついに、本物の墓場から十字架を何本も盗み出してしまう。多くの十字架とともに装飾された水車小屋、それはポーレットのためにミシェルが作り上げた賑やかな秘密の墓地であった。結局、ミシェルの十字架泥棒はバレてしまうし、ポーレットも孤児院送りになってしまう。「ミシェル!ミシェル!!」と駅の雑踏で叫び走り去ってゆくポーレットの姿を映して映画は終わる。

原題は « Les Jeux inconnus » であって直訳すれば『知られていない遊びたち』である。これを『禁じられた遊び』としたのは、かなり内容も込めた翻訳であろう。この映画の紹介を読むとたいてい「反戦映画だ」と書いてある。なるほど、そのとおりなのだが、反戦映画は無数に存在している。この映画は何がどのように反戦的なのかが問われなければならない。この映画が映し出したもの、それはポーレットとミシェルの「禁じられた遊び」、つまりお墓作りであった。それも、際限なくエスカレートしてゆくお墓作り。戦争によって両親が殺される悲惨さを訴えることでも、孤児になって泣きながら引き離されることになったことでもなく、この映画が反戦映画として訴えようとした最も中心的なことがらは、その無邪気さではなかったか。戦争の被害者ともいえる子供達が、戦争と類比的な遊びをすること、つまり際限のないお墓作りをすること。戦争とは、子供達の禁じられた遊びに他ならないのではなかったか。

お墓作りの際限のなさは、最初に言いだしたポーレットによって推し進められるのではない。働き者はミシェルなのだ。無邪気さは、エロチシズムと両立するだろう。子供を愛欲の対象としてはならないという禁止、しかし子供同士の場合はその限りではないかもしれない。ともかく、ミシェルはポーレットのためにひたすらにお墓を作るのである。同様に、戦争という禁じられた遊びの際限のなさもまた、何かへと向けられたものだと言わんとしているのではないか。それは例えば、ナチス・ドイツにおいては人種主義であるかもしれず、あるいはどこかでは金が光っているかもしれない。

ミシェル!ミシェル!!と走り去ってゆく少女の姿を見送りながら、「愛のロマンス」は退屈な曲なんかではなくなった。古ぼけたギター教則本に掲載された、古ぼけた楽譜の、古ぼけた音楽ではなくなった。われわれの社会は、相変わらず、ポーレットとミシェルと同じくらいに無邪気ではないか。たまに「子供とはそんなに無邪気ではない」と言われることがある。つまり、非無邪気な大人と同じくらいに子供も非無邪気なのではないかというのである。そうではないと思う。むしろ、大人も子供と同じくらいに無邪気なのではないか。さらに言えば、古ぼけた過去だけが無邪気なのではなく、現代もやはり無邪気なのではないか。われわれは、何かに突き動かされ「禁じられた遊び」を楽しんでいないか。もはや「愛のロマンス」は退屈な曲なんかではなくなったのだ。

夏の復活|『万引き家族』と『海街diary』と花火

「現実の春は死んでいる」。そう述べたのは塚本邦雄であった(『詞華美術館』「風信子祭」)。果たして、現代に「春」はまだあるのだろうか。彼は続けて次のように言う。「あるいは死に瀕した醜い春と、造り上げられた密室の春しか、私達は見ることができない。石油の臭いのする雨は錆鉄を濡らし、涸れた噴水を濡らし、空の燕の巣を濡らし、廃港の魚の屍を濡らし、崩れた寺院と底の抜けた浴場と傾いた劇場を濡らす」。写実主義自然主義に対する痛烈な批判。もはや自然は本来の美しい姿を変貌させ、ここにはその面影もない。

この反写実主義者が向かうのは、ある種の虚構、過去の想像、幻想の王国の樹立である。あの美しき春は、もはやわれわれの外にはどこにもない。ならば、われわれ自身が作り上げるしかないのである。われわれの自身のうちに、想像によって、言葉によって。

私は最近、是枝監督の『万引き家族』をようやく観ることができた。冬で始まり、夏を過ごして、また冬に終わる。夏の映画であった。しばらくして、今度は同監督の『海街diary』を観た。これは法事で始まり、生活をして、法事で終わる映画であった。どちらも静と動の繰り返し、それこそがわれわれの日常であるのだが、まさにそれを描き出している。ある種のセンセーショナルなテーマ、貧困や複雑な家庭状況といったものが前面に出てきてしまいそうなところを、淡々とした語り口で描く。それゆえに、内容が非日常的ではなく当然であるような空気をもって示される。ドラマチックなテーマよりも、日常の普遍性が優先して立ち現れてくるのである。

ところで、想像とは何か普遍的なものを前提とするのではないか。明日のことを想像できるのは、それが今日と同じような法則や日常に貫かれているからであろう。一寸先は、そのような一貫したものを想定できないからこそ、闇なのである。『万引き家族』にしても『海街diary』にしても、そこに通底する日常は、彼らの観る世界を、彼らを観るわれわれにもまた観せることを可能にしている。

彼らが観たものとは、花火であった。どちらの映画も打ち上げ花火があがるシーンが描かれている。だが、どちらの映画にも、彼らが見上げた打ち上げ花火は直接には映し出されず、ただ、見上げる人々の輝く瞳だけを、われわれはスクリーン上に観るのである(『海街diary』では遠い花火を横から観るシーンもあるのだが、もっとも美しく観えるであろう場所から観ていた登場人物の視点の先は映されていない。そういえば、打ち上げ花火は下から見るのと横から見るの、どちらが美しいのだろうか)。

花火大会のテレビ中継ほど虚しいものはないと私は思う。全身に響く音と、視界一杯に広がる光、すこし汗ばむ夏の夕暮れにゆったりと流れる風、賑わう屋台、そして花火をうつす人々の瞳の輝き。美しい花火は画面のなかではなく、それら全てを一挙に感じることのできる、われわれの想像力のうちにある。だからこそ、是枝監督は花火を映さなかったのではないか。それでも日常性に貫かれた彼らの夏は、われわれの記憶を参照させて、われわれに可能な限りのもっとも美しい夏を観せてくれる。

映画のなかでも、現実のなかでも、そのままの夏は死んでいるかもしれない。殺したのは他ならぬ私たちかもしれない。しかし、われわれの想像力は、その夏に再び息吹を与えることもできるのである。

まだ見ぬ欲しかったものと出会う話

たまに文房具屋さんなどにいくと、思いもよらない商品に出会うことがある。そのときの心情というのは少し複雑で「あ、これ欲しかったやつだ」という気持ちを抱きながら、そのとき初めて「欲しかったやつ」の観念が像を結ぶ。


欲しいものの像をどれほどはっきりと持っているだろうか。カメラのピントを合わせる作業みたいなもので、様々な程度がありうると思う。事前の情報が多ければ多いほど、具体的な像を携えて店頭へと向かうことになる。個人的な話だが、電化製品なんかを買うときには、買う商品を具体的に決めてから買いに行くことが多い。だから、電気屋さんの店頭で手に取る「欲しかったやつ」は、それ以前から「欲しかったやつ」であったそのものであることがしばしばである。他方で、ノートを買いに行くとき、だいたいのサイズを決めていたとしても、具体的に「あのノートを買うぞ」ということはあまりない。だから、「ああ、これこれ、僕が欲しかったB5のやつ」といって手に取ったノートは、手に取った瞬間に「僕が欲しかったB5のやつ」になるのだ。


ときに、何の目的もなくぶらぶらしているときに「欲しかったやつ」に出会うことがある。似たような機能を果たす商品を探していたわけでもなければ、そもそも買い物をしようとも思っていなかった場合にすら「欲しかったやつ」は突然やってくる。いままでで最も衝撃的だったのは、とあるゼムクリップとの出会いである。通常のゼムクリップは一度留めて外そうとするとき、針金の先が書類に刺さり傷をつけてしまうことがある。経験がある人もいるのではないか。ゼムクリップはじつは凶暴なのだ。だが、これを見て欲しい。

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普通のゼムクリップは内側の針金が、このようには折り曲げられていないのを思い出して欲しい。容易に想像されるように、この屈折が書類を守るのである。ライオン事務器から発売されているこの商品は、特に何の変哲も無い「ゼムクリップ」という名前であって、この特殊な形状をちっとも誇ろうとしていないように見える。能ある鷹は爪を隠すというようなゼムクリップだ。(https://www.tanomail.com/product/4176831/
このゼムクリップを見つけたとき、僕は特段ゼムクリップを探していたわけでも、書類を何かで留めたいと思っていたわけでも、そもそも文房具を買おうと思っていたわけでもなかった。だが、この天才的な提案、「どうですか、これ、刺さりませんよ」と言わんばかりの形状を目にした瞬間に、それは「欲しかったやつ」になった。それまで全く意識にのぼらなかった欲望が像を結ぶ瞬間を突然に作り出すことができるようなものが、そこにはあった。


現実に存在するもの、それは、一挙に直接にそこに存在している。僕らの想像がたいていどこか欠けたものであるのと対比的に。そこに現実存在するものの完足性がある。だからこそ、曖昧だった「欲しかったやつ」は出会われたときに初めて具体的な「欲しかったやつ」になりうるのである。

「好き」という言葉が伝わらない話

「好きだ」と誰かに伝えると、どんな反応が返ってくるだろうか。小学生の頃は「私も好きだ」か「私は嫌い」という言葉が返ってくるものだと思っていた。中学生になり、もう少し世の中のことがわかるようになると「私は好きでも嫌いでもない」という返事の可能性にも気づくようになった。好きか、嫌いか、中間か。これが告白とその返事の全てであった。


予想だにしない出来事との遭遇のために驚きはある。告白の返事パターンを枚挙し尽くしたと思い込んでいた僕にとって、彼女の言葉は衝撃的だった。「好きって言われてもよくわからない」。なるほどそうきたか…とはならなかった。僕は驚いてしまっていて、そんな余裕はないに決まっていたのだ。何か言わねばならぬ状況で出てこない言葉のもどかしさは、指に刺さって抜けない針のそれにも似ている。


好きと言っても伝わらないとき、どうしたらいいのだろうか。諦めるという選択肢はないだろう。彼女が好きなのだから。パンにハムとレタスとトマトを挟んで店先に並べるバイトの間、僕はそのことばかりを考えていた。マヨネーズの量が少し多くても問題ない、好きと伝えるための作戦の方が大事だ。パン屋でのバイトは、パン生地と一緒に作戦を練るための時間となった。


それでふたつほど作戦を考えた。ひとつは、言葉を言葉で説明する作戦だ。パン屋で「デラックスサンドってなんですか」と聞かれたら、僕は「デラックスサンドは、テリヤキチキンとトマトとレタスと玉ねぎがパンに挟まったものです」と答えるだろう。同じように「好き」ということを、何か別の言葉で説明すればよい。これはけっこう難しい。辞書を引いてみても、なんだかあんまりパッとしない言葉がならんでいる。「魅力を感じること」「愛情を抱くこと」と言われても「好き」という言葉と同じくらいよくわからない。思い込みかもしれないが「魅力」というのは性的な感じがするし、「愛情」というのは家族的な感じがする。「心ひかれること」というのもあったが、それはなんだか受動的すぎる。それで結局、「大切に思うこと」という説明を思いついた。これなら、フラットでかつ能動的な「好き」の意味を伝えることができる気がしたのだ。


もうひとつの思いついた作戦は、言葉を行動で説明するものであった。これは最初の作戦よりも正確に気持ちを伝えることができるように思われたが、それだけ難しい作戦でもあった。好きという感情はいくらでも大きくなることがありうるが、僕の行動はそれに比べてとても些細なものである。身体はひとつしかないし、時間の流れだって変えられない。記憶は消え去って行くし、お金だって留まらない。際限のない気持ちと際限だらけの僕の行動とのギャップは、自身の小ささを自覚させてくれる。小さな僕に、巨大な気持ちを担った「好き」という言葉を説明するだけ働きができるかどうか、全然自信がない。


そんな感じでふたつの作戦を考えた僕は、自信がないながらも、さっそく両方とも実行に移した。「好き」という言葉を別の言葉を駆使して説明し、食堂ではトレイを持ってあげた。水も汲んだ。そんな日々を幾らか過ごして「好きだ」ともう一度伝えた。そうしたら、彼女はまた驚くべき答えを返してきた。「あなたは私を好きじゃないよ」。なんということだろう、「好き」「嫌い」「中間」「好きがわからない」の他にもまだ「あなたは私を好きでない」という返事があり得たとは。びっくりして僕は余計に彼女を好きになってしまった。いやわからない、彼女が言うように、僕は彼女を好きではないのかもしれないから「余計に」好きになったわけではなくて、そのとき始めて好きになったのかもしれない。いや…それすらもまだわからない、今までの僕の気持ちは「好き」ではなかった可能性まで出てきてしまったのだ。


僕は彼女に「好きだ」ということを伝えようとして、何を伝えようとしているのかもっと分からなくなってしまった。それで、僕は、ほんとうに困ったものだと、半分楽しみながら思うのであった。

「本」のこと(2019年1月のこと)

私の父がよく言っていた言葉がある「彷徨う野良猫がいつかエサにありつくが如く」。ブラブラしていると様々な事物に出会う。「犬も歩けば棒にあたる」という諺が、意味の良し悪しの別なく使われるように、出会われた様々な事物は、美味しいエサばかりとは限らない。ときに腹を壊すこともあるだろう。しかし腹を壊しながらでも彷徨わねば生きて行かれぬ。とかくに人の世はままならぬが、ままならぬ世のうちにも、ありがたい世界はあるもので、本や映画や音楽が、あってよかったと心から思う。そんな日々の一端を切り取って貼り付けておこう、いわばスクラップブックである。 P.S. 映画や音楽のことも書こうと思ったが、本のことを書き終えた時点でだいぶ嵩が出てしまったので、またの機会に。

ローレンス・M・プリンチペ『科学革命』菅谷暁・山田俊弘訳, 丸善出版, 2014.

Oxford University Press から出ている Very Short Introduction シリーズからの翻訳書である。プリンチペ教授は、彼の他の著書を見てもわかる通り、科学史のうちでもとりわけ化学史・錬金術史を専門とする人物である。例えば、この本の後にも The Secrets of Alchemy (2013) という本を出しているし、以前には New Narratives in Eighteenth-Century Chemistry (2007); Alchemy Tried in the Fire: Starkey, Boyle, and the Fate of Helmontian Chymistry (2002, W. R. Newman と共著) などの本を公刊している。彼の『科学革命』の内容もまた、この経歴と結びついていることは明らかで、なんといってもその問題意識は、科学革命と錬金術的伝統との関係をいかにみるべきかというところにある。よく言われるように、両者の間には大きな断絶がある。断絶はしかし、連続性を排除しない。どんなに深い谷に見えても、その奥底で、あちらとこちらは結びついている。本書は、この微妙な関係を探る道への「めっちゃ短い入門書」だといえよう。

金森修『科学的思考の考古学』人文書院, 2004.

科学の歴史には、いくつもの深い谷がある。以前の科学的理論と次の時代のそれとの間には、ある種の飛躍があるからこそ、新たなものが明確に生まれてくる。とはいえ、深い谷は無ではない。谷の底には、忘れ去られたたくさんの人々の考えが、今なおひっそりと横たわっている。そのような思想を拾い集めて並べ立てよう、というのがこの本である。科学の正統な歴史のうちからは漏れてしまった思想にどんな意味があるというのか、人はそう問うかもしれない。「考古学(アルケオロジー)」が教えてくれるのは、そのような正統な歴史がなぜ「正統」なのかということである。数々の思想が忘れ去られたのは、全然ダメだったからではなく、ちょっとした不完全さ、あるいは歴史的事実ゆえにかもしれない。われわれが立つこの地平を相対化することは、われわれがどのように進むべきなのかを考えるために、欠かすことができない作業だろう。われわれは、時代を動かすための歯車にすぎないのではなく、それぞれ考え行動するひとりの主体なのだから。

橋本毅彦『「ものづくり」の科学史:世界を変えた《標準革命》』講談社学術文庫, 2013.

歴史の偶然的な事実が、現在のあたりまえの景色を作り上げることがある。ある種の「標準」もまたそのような景色のひとつである。なにかが標準化されるということ、例えばネジやコンテナの規格が定められるということは、さまざまな便利さを生み出してくれる。ネジが互換可能なおかげで修理が簡単だし、コンテナの大きさが統一されているおかげで海も陸も一貫して荷物を輸送することができる。しかし、そのような便利な標準ばかりではない。例えば、キーボードのQWERTY配列は、だれかが標準化したわけではないが、すでに普及しているという事実ゆえに、標準的なものとしてまかり通っている。このような歴史の事実に縛られた景色は、それが「あたりまえ」である限り、変えることができない。一度立ち止まり振り返ること、それは、前進するための必要不可欠な条件なのである。

松田純安楽死尊厳死の現在』中公新書, 2018.

安楽死できるなら、すぐにでもしたい」。ものをコピーするよりもずっと簡単なのが、言葉をコピーすることである。「安楽死」という甘美な語は、われわれの口から口へ、指から指へ、瞬く間に伝染してゆく。ところで、その甘い言葉とは一体なにものなのだろうか。ただ感染に任せておいて良いものなのだろうか。そのような疑問に、法制度、歴史、そして思想、という面から迫ったのが本書である。安楽死尊厳死といったものがもてはやされる裏側には、人々のある種の観念がある、「自律しなさい」。問わねばならない、自律した生以外に、われわれの生はあり得ないのだろうか、と。本書は、最終章においてこの問いへと私たちを導き終わる。それゆえに、現在なされる議論の土台となるべき知識を与えてくれる本であり、死が人間の必然である限り、すべての人が読むべき本だといってよいと、私は思う。

テオドール・フィーヴェク『トピクと法律学:法学的基礎研究への一試論』植松秀雄訳, 木鐸社, 1980.

トピクとは、問題を考えるさいの術のひとつである。演繹的で体系的な思惟の方法からは区別されたその方法を、正確に捉えようとする試みは古代から存在していた。問題があるからこそ、推論やその連結としての体系が打ち立てられるのであり、逆ではない。「問題をめぐって推論は回転する」。法律学もまた、この修辞学的方法論によって、導かれた時期があった。その代表としてあげられるのがローマ市民法である。このような思惟を基礎においてなされる法律学は、その根本的な性格を、われわれの知るそれから引き離す。というのも、具体的な生きた事例としての法に関わるためには、法律家が全人格をかけてそれに参与しなければならないし、その点において、「法はもっぱら受忍すべきものとして理解するのではなく、みずから後々まで責任を負ってともにつくりあげるべきものとして理解する」(p. 87)必要があるものだからだ。つまり、それは単なる知識ではなく、道徳的な知識、義務を伴った知識として提示されるのである。法に従うことの受動的なイメージに対して、内在的に動機づけられるものとしての法のイメージは、時代を超えてわれわれにある種のインスピレーションを与えてくれる。

長尾宗典『〈憧憬〉の明治精神史:高山樗牛・姉崎嘲風の時代』ぺりかん社, 2016.

(工事中)

絓秀実『革命的なあまりに革命的な:「1968年の革命」史論 増補版』ちくま学芸文庫, 2018.

(工事中)

2018年へ感謝を込めて

一年を振り返るということ

 たしか、昨年末にも一年間を振り返ってブログを書いたような記憶がある。ひと月毎に書いていって半年くらいまできたところで、「これは大変だ」と気がついた。同じ過ちを二度と繰り返さない。今年はもっと簡潔に思い出したことをサラッと並べておくだけにしたい。とはいえ、瞬く間にすぎてゆく年月を数えることに精一杯で、その中身をすっかり忘れてしまうなんてことにならないように、たまには記録を残しておくのも大切なことであろう。

修士(文学)になる

 今年3月に修士号を取得した。東京大学では、哲学研究室に論文を提出しても、もらえるのは文学の修士号である。修士(哲学)よりも修士(文学)のほうが、じっさいは哲学だけど文学も知ってますよという感がでてよいと、勝手に思っている。
 研究室では伝統ある授与式が行われたのだが、私はてっきり大した行事ではないと思い込んで出席しなかった。あとで研究室にいったら、だいぶ大胆なことをするねと先輩たちに言われ、先生にも「あれは出なきゃだめでしょー」とたしなめられた。私としては、そんな大それた気持ちで行かなかったわけではないので、申し訳ないことをしてしまったと反省している。さぼるときは、さぼられるものが何であるのかということをしっかりと認識したうえで、覚悟を決めてさぼらなければならない。このことを修士課程のさいごに学んだのであった。

勉強の幅を広げてみる

 いままでよりももう少し勉強の幅を広げてみようというのが、今年のちょっとした目標であった。研究室の先輩が主催する読書会にいくつか参加させてもらい、普段は読まないような本を読むことができたのは大変によい経験であった。ダメットを読んだり、『カントの自由論』を読んだり、ハイデガーベルクソンとの時間論に関する研究書を読んだり、とても楽しい読書会であった。
 同期の友人が誕生日に高木貞治『解析概論』を贈ってくれた。一般的にライプニッツといえば、哲学でというよりも、微分積分の祖として有名であるように思う。私は彼の哲学に関する研究者であるけれど、とはいえ、その同じ人が考えたことなのだから多少は知っていた方がいいはずだろう。いい機会だったので、勉強会に参加して、友人たちに助けられつつ進めている。普段とはちがう頭の使い方で楽しいものである。
 後期には、生命倫理に関わるような演習に参加させてもらった。もともとライプニッツの生物学的な側面を研究しているので、生命に関わる議論は、専門の一部でもある。とはいえ、倫理という方向にずらして、さらに現代の医療などの話なども含めて考えるというのは、初めての経験であった。ゲノム編集や遺伝子組み換えの問題、安楽死尊厳死や臓器移植にまつわる権力の問題、そして技術とはいったい何であるのか、これらのことを短い期間だったが勉強することができた。今後もフォローしてゆきたいと思う。

人生初めての公刊論文

 なにごとにも「初めて」がある。些細なことならすぐに忘れてしまうけれど、初めて好きな人に告白した日のことや、初めてライブでギターを弾いた日のことや、初めてお箏に触れた日のことや、初めて学会発表した日のことなどは、よく覚えているものである。そういった「初めての日シリーズ」のなかに、初めて論文が公刊された日のことも入ってきそうなものであるが、なかなか難しい。というのも、特定のある1日にパッと論文が公刊されたわけではないし、なんだかノッペリとした月日の流れの中でマッタリと世の中に生じてきたものが、初めての論文だったからである。それでも「初めて」は「初めて」なのだから、やっぱり私の「初」公刊論文がこの世のなかに生まれ出たのであった。人類がどのようにそれを評価するかはわからないが、少なくとも私にとっては、研究者の第一歩としてとても大事な論文であったように思う。

2018年の終わりに

 年上の人々に「平成生まれなんですよ」というと、いつだって色々なことを言われてきた。そんな「平成」ももうすぐ終わる。次の元号が何になるかは知らないけれど、次の時代に生まれた人々も「〇〇生まれなんですよ」といったら、平成生まれや昭和生まれにいろいろ言われるのだろう。まあどうでもいいことである。
 今年も相変わらず何度も二日酔いになったし、笑っちゃいけないところで笑ってしまったり、大人の階段を登っては落ちを繰り返している。だんだんと将来を見ようと目を凝らす自分がいることに気づいた。とはいえ、遠く向こうは霞に覆われ、なにが待ち受けているのやら。恐れることはない、根拠のない確信を胸に前に進むのだと、自らを奮い立たせる日々。そんな日々に疲れることがあっても、幸いなことに、私はこの世界に大好きなものがいくつもある。人間、音楽、文学、感動的な何かに出会った日には、この世界への愛情を思い出す。愛こそが力だ。私の不安も疲れも、愛を止めはしない、愛に関係すらできない。
 そんなわけで、もう数時間でやってくるであろう2019年を迎えるべく、お茶を入れ、そして線香を焚く。来年よ、よろしく頼むぞ。