すし天ぷら蕎麦、哲学

日々の雑記。

日本ライプニッツ協会第10回大会と『ライプニッツ研究 Studia Leibnitiana Japonica』第5号との紹介

日本ライプニッツ協会第10回大会

2018年11月10日から11日にかけて、石川県金沢市にある石川四高記念文化交流館にて日本ライプニッツ協会第10回大会が開催されました。ちょうど紅葉が美しい季節であり、会場前にある公園でも木々がそれぞれの色に染まっていて、煉瓦造りの会場建物の落ち着いた雰囲気と心地よく調和していたのが印象的でした。色とりどりの木々に負けず劣らず、大会では様々な分野にわたる研究発表が繰り広げられました。数学論から始まり、西田幾多郎との関係、君主教育、医学、そして時間論…、これらが分会という仕方で区分されることなく、ひとつの大会で議論しあえるというのは大変貴重なことだと思われます。以下、個人的な感想も大いに含めつつ、全5つの研究発表をご紹介します。

稲岡大志(神戸大学)「厳密であるとはどういうことか?:『算術的求積』の評価をめぐる論争」

初日最初の研究発表は、稲岡氏による初期ライプニッツの数学論に関するものでした。発表が始まってまず驚いたのは、発表原稿を配りつつスライドをメインにして説明するというスタイルです。哲学史研究においては、対象となる哲学者のテクストをいかに解釈するかということが大事になってくるので、そのテクストと細かな解釈を示すための原稿が欠かせません。それと同時に、ライプニッツの数学的な議論を追うだけの発表時間が確保されていないなかで、できるだけ簡潔にポイントを伝えるということを、スライドが補助しているかたちでした。発表の内容は、『系として表なしの三角法が与えられる円・楕円・双曲線の算術的求積について De quadratura arithmetica circuli ellipseos et hyperbolae corollarium est trigonometria sine tabulis』(1675–76)に関して、Knobloch と Blasjo という研究者たちの論争を整理し、両者に対して稲岡氏は、ライプニッツが用いた図形の解釈を通して新たな解釈を示しました。重要なのは、同一の命題の証明のなかで、ライプニッツが使う図形の機能を二つに区別することができるということです。すなわち、「(妥当な)推論の媒体としての使用」と、「代数的に表現される証明を視覚化する媒体としての使用」とです。 これらの混用は、20世紀的な厳密さからすると、批判されるべきものかもしれませんが、ライプニッツ自身の主張を正確に捉えるためには、このような図形の使用を正確に捉えることが重要なのだと稲岡氏は締めくくりました。

大西光弘(立命館大学)「下村寅太郎によるライプニッツ理解と西田理解」

西田幾多郎下村寅太郎に対して「いま自分に一番近いと思う哲学者はヘーゲルよりもライプニッツだ」と語ったという逸話から、大西氏の発表は始まります。この発表は、下村が1966年にハノーファーの国際ライプニッツ会議で西田哲学からのライプニッツ哲学批判を発表した際の原稿をまず翻訳、紹介して、その上でそのライプニッツ批判がどのようなものであったかを明らかにするものでした。西田の批判で個人的に興味深かったのは、ライプニッツモナドジーは「唯神論的」であって、物質的な世界を見落としていると西田が評している点です。つまり、ライプニッツモナドジーには「死」がないというのです。西田によるライプニッツ理解は、モナドジーの正確な理解とは言い難いかもしれませんが、「生まれて死ぬもの」としての存在の次元については真正面から検討しなければいけないだろうと、私自身も感じています。

山崎明日香(日本大学商学部)「ライプニッツの君主教育論における演劇教育の導入 — Lettre sur l’Éducation d’un Prince を手がかりに」

大変残念なことに、山崎氏の発表の際に事務作業で私は会場を離れており、内容を聞くことができませんでした。いただいたレジュメを拝見する限り、スピノザモンテスキューパスカルペリエ、コメニウス、そしてライプニッツという人々が登場し、彼らがそれぞれどのような君主教育観を有していたのかが語られたようです。最近完結したライプニッツ著作集第二期でも「王子の教育についての書簡」が翻訳されるなど、ライプニッツの新たな側面が次々と明らかになってきています。重要なことは、一見バラバラにも感じられるそれらの側面が、どれもひとりの人物の一側面なのだということであり、ライプニッツ自身のなかでは全てが自身の哲学のなかで確固とした位置を有していたのだということでしょう。そういう意味で、新たな側面の研究は従来の研究から切り離されることはなく、むしろ相互的に明らかになっていくことになるのだと、私は考えます。そういう意味で、山崎氏のこの発表もまた、われわれが21世紀的なライプニッツ観を形成してゆくうえで非常に重要なものであったように思います。

寺嶋雅彦「ライプニッツにおける医学の構成要素とその学問的位置付け」

さて、大会二日目に入り、寺嶋氏の医学に関する研究発表から始まります。ライプニッツ医学論に関する研究は、20世紀後半から盛り上がりを見せ、今まさに世界的に研究が進んでいる分野でもあります。寺嶋氏はつい最近までフランスに留学していまして、ジャスティン・スミス氏の下で研究に励んでいたそうです。本発表は、まだほとんど日本では紹介されていない(あるいは世界でもあまりないかもしれません)ライプニッツによる医学の学問的位置付けの紹介でした。ライプニッツが賛同していたとされるホフマン、そして論争相手でもあったシュタール、カントとの関係で言及されることも多いブールハーフェらの医学の位置付けを示し、それらに対してライプニッツがどのような考えをもっていたのかが問われます。私自身の考えですが、医学のような経験的な科学をライプニッツが重視していたことは、彼が機械論者であったことと合わせて非常に重要なことだといえます。機械論は現象がどのように生じてくるかをその部分に基づいて明らかにするものですが、経験的な科学は、そのような機構が明らかでない微細なものに対する知解性を保証する上で重要になってくるのです。寺嶋氏は、これから博士論文を書かれるそうで、その序章にも当たる部分だとおっしゃっていました。今からその完成が楽しみでなりません。

松田毅「ライプニッツの時間論 — 「現実的時間の関係主義」」

本大会最後の研究発表は、松田氏によるライプニッツの時間論です。従来、ニュートンの「絶対時間」に対して「関係主義」的に捉えられてきたライプニッツの時間論を、時間の各瞬間における「質的な差異」という観点から「現実的時間の関係主義」として捉え返すというのが、この発表の趣旨でした。ライプニッツがホラチウスに登場するキタラー弾きを引き合いに出して「いつも同じ弦を弾く[誤るoberro]ことは、神的調和に一致しない」と述べるとき、まさに時間的な不可識別者同一の原理が働いているのだと、松田氏は考えます。そのような質的に異なる個々の瞬間は、現実的な個体性を有しており、その瞬間に基礎付けられる持続的な時間は、モナドが現象を基礎付けることと類比的に、実在的なものであると考えられます。こうして、ライプニッツの時間論は単に関係のみに解消されてしまうものではなくて、それ自体で何らかの実在性を主張することができるような時間なのだということになります。松田氏はこれまでもライプニッツに関して、進化論や、テセウスの船との関連で同一性、さらに『ライプニッツ研究』最新刊では経済哲学についても研究をされていて、これらが時間論も合わせてどのように結びついていくのか非常に興味深く思われます。

ライプニッツ研究 Studia Leibnitiana Japonica』第5号

隔年で刊行されている『ライプニッツ研究』(日本ライプニッツ協会編)も第5号となりました。大会会場で受け取ってすぐにわかったのですが、今号はいつもよりもだいぶ厚いものとなっています。海外からの特別寄稿が三本、そして研究論文が七本という、盛りだくさんぶり。この中から、私(三浦)と増山氏の論文が「日本ライプニッツ協会研究奨励賞」第七回受賞となりました。これまでの受賞は、池田真治「想像と秩序 — ライプニッツの想像力の理論に向けての試論」(『ライプニッツ研究』創刊号)と稲岡大志「実態の位置と空間の構成 — ライプニッツ空間論の展開の解明に向けて」(『ライプニッツ研究』第3号)との二本であり、今回で計四本の論文が研究奨励賞を受賞したこととなります。以下、今号の目次をあげておきます、ご興味があれば是非読んでみてください。

特別寄稿
- ヴィンチェンツォ・デ・リージ(稲岡大志訳)「位置解析、すなわち数学の基礎と空間の幾何学
- ノーラ・ゲーデケ(酒井潔訳)「理論と実践:歴史家ライプニッツの工房における史料編纂作業」
- リタ・ヴィドマイアー(長綱啓典訳)「ライプニッツコペルニクス的転回:ハインリッヒ。シェーパース『ライプニッツ — 一つの成熟した形而上学へ至る諸々の道』(ベルリン, アカデミー・フェアラーク, 2014年)書評

研究論文
- 池田真治「虚構を通じて実在へ — 無限小の本性をめぐるライプニッツの数理哲学」
- 三浦隼暉「後期ライプニッツ有機体論 — 機械論との連続性および不連続性の観点から」
- 松田毅「ライプニッツの経済哲学試論 — 自然と規範」
- 根無一信「ライプニッツ自由論と占星術 — 「星々は傾かせるが強いない」の思想をめぐって」
- 町田一「最善世界の神学 — アベラルドゥス-ライプニッツ・プログラム」
- 手代木陽「ヴォルフにおける「可能性の補完」としての現実存在」
- 増山浩人「カントのライプニッツ哲学受容の源泉としてのバウムガルテンの『形而上学』 — 前批判期カントの予定調和説批判」

なお、『ライプニッツ研究』はライプニッツ協会事務局に直接連絡するか、いくつかの大きな書店で、購入することができるようです。詳しくは、日本ライプニッツ協会のHP(https://www-cc.gakushuin.ac.jp/~19950491/leibniz/index.html)をご確認ください。 f:id:philoglasses:20181115121026j:plain

目覚まし時計を使って朝起きる方法について

朝。

寝坊をするとき、私はたいてい夢をみている。「あれ、夢をみてる場合だっただろうか」と夢中で自問し、重い瞼をこじ開けて時計をみると、予定時刻はとうに過ぎ去ってしまっているのだ。今日もそんな仕方で1日が始まった。

友人たちと本郷でやっている勉強会は10時からの予定であった。家から大学までの道のりをゆくのにかかる時間は、1時間と30分。つまり、8時30分に家を出ればよいのであり、8時に起きれば十分に間に合う。大変に複雑なこの逆算を前日夜に為し終えていた私は、しっかり目覚まし時計をセットして布団に潜り込んだ。

なぜこの世の中に目覚まし時計が存在するのかを少し考えてみればすぐにわかることだが、人間は寝坊する生き物である。マルクス・アウレリウスが『自省録』の中で、いつまで寝ているのかお前は寝るために生まれてきたのかと、寝坊に厳しいことを述べていた。ここからわかることは、寝坊は、とくに現代人特有の悩みというわけではなく、古来より人々が悩み、そして(その背徳感も含めて)楽しんできたものなのである。

目覚まし時計も、ときに寝坊する。突然の故障もあるだろうし、電池の不足もある。「寝ている間に電池が切れたらどうしよう」というのは、誰もが抱いたことのある心配だろう。それでも、これは経験から明らかなことであるが、たいてい、時計は朝まで動いているし、私はなかなか起きられない。目覚まし時計に協力を仰ぐことは必至である。

大きなアラーム音で8時を知らせる目覚まし時計。CASIO の電波式時計は、たぶん、非常に正確に8時を教えてくれた。そのままにすると、ご近所さんからいつまで寝ているのかと思われる恐れがあるため、アラームを止める。どうやらここが重要である。「アラームを止める」のは、目が覚めて合図がもう必要がないからではなく、あくまで、世の中に対する体面を保つためなのである。それゆえ、安心の布団の中に再び帰っていくことは、アラームを止めることと、何ら衝突しない。

われわれにとって本当にアラームを止めるべきは、目が覚めて合図の必要がなくなったときである。しかし、そのような伸び伸びとした起床を認めないのが体面というものだ。この体面のせいでアラームは鳴り止み、燻った起床の火種は布団の闇の中に消え去ってしまう。

人間と寝坊の関係は切り離すことができない。それでも、寝坊を最低限に抑えるための手立てが何もないわけではない。人間は、日時計を超えて、朝まできっちり時間を示してくれる動力付きの時計を発明したし、けたたましいアラームをそれらに備え付けさえしたのである。あとは、私自身が少しだけの体面を放り捨て、目が完全に覚めるまでアラームを止めなければよい。これできっと起きられるはずである。

ところがまたしばらく朝の用事がないのである。だから寝坊する気がする。

 

手をつなぐということ

小学生の頃、下校途中に追いかけっこをしていて転んだことがある。季節も思い出せないくらい古い記憶だけれども、かすかな記憶をたどると、坂道で転んだ私は、腕を変な方向に曲げてしまいその後数週間のギプス生活を送ったのであった。

成長して転ぶことも少なくなった。転ぶ要因は様々あるが、そのほとんどの要因を避けられるようになったのである。先に挙げた思い出の転倒は、足をもつれさせて転ぶというものであったと思う。最近はそもそも走ることが少なくなったし、ましてや坂道を駆け足でくだるなどという危険な行為をあえてしようとは思わなくなった。他にも、歩行時の足の上下が不十分であることによって何かにつまづいて転ぶという場合や、平衡感覚を失って転ぶ場合などを考えることができる。そういった危険に対しても、成長した私は、ある程度対応できるようになったのだろう。

とはいえ、やはりたまには転ぶのである。私たちはある程度の身長を有しているので、舗装されていない道をみても、その凹凸が些細なもののように感じたりする。その油断が転倒へと誘うのである。蟻の眼を備えろ!次の瞬間には天地がひっくり返る!

犬と生活していたことがある。小さい頃から犬が家にいた。一人っ子だった私にとって、彼は兄弟であり友達であり犬であった。犬というのは四足歩行をする生き物であることはよく知られている。そして、人間が二足歩行をすることで大変な発展を遂げ得たことも、またやはりよく知られている。ところで、犬はとても足が速い。私はよくフリスビーで一緒に遊んでいたのだが、すごい速さで駆けていって高く飛び上がりそして帰ってくる。ただ、記憶のどこを探っても犬が転んだ姿をみたことがなかった。それは、きっとあの四つ足のおかげだろう。どんなによろけても絶対に倒れない四つ足のロボットの動画をみたことがある。二つ足に比べて、四つ足はずっと転びづらいのだ。

彼女と暗い山道を歩いていたときのことである。日も落ち周りに人影もなく、手元の懐中電灯だけが頼りであった。地表では、沈んでは飛び跳ねる木の根が、私たちを転ばせようと、至る所にうようよと潜んでいる。この状況において、転倒は避けられないように思われた。安全なところへ戻りたいと焦る気持ちで早まった一歩を、木の根はすかさず捕らえてきた。それでも、転ぶ運命に必死にあらがい振り回した左腕を、彼女がしっかりと捕まえてくれたおかげで、私はなんとか耐えることができた。それだから、その後、手をつないで山をおりた。そのとき、私たちは転倒の恐怖に打ち勝ったのである。

あのとき、私たちは四本足の何かだった。「支え合って生きる」という、思弁的で抽象的で観念的な言葉を聞いたことがあるだろう。手をつなぐということは、それとはだいぶ異なる。四本足が本来的であるというような、全体性を前提とした相補性でもない。手をつなぐことで、私たちは、転倒の不安にそれぞれで打ち勝つという出来事を、同時に経験したのである。その経験は、全能性のように崇高なものではないけれど、人間身体にとって本性的な転倒性を超えうるという、予感や期待をもたらした。

キャンプファイアーを囲んで手をつなぐ。それで私たちはみんな少しだけ完全だったのだ。

 

「ライプニッツ『形而上学叙説』研究会」の成果と訳

はじめに

2017年1月頃から、中期ライプニッツの主要な著作として有名な『形而上学叙説』の研究会をオンライン(現在は google ハングアウト)で行っている。基本的には、ライプニッツを専門としない人や、さらには哲学を専門としない人に向けた会として行っているが、議論はかなり詳細な部分にまで及びライプニッツを研究している私自身にとっても有意義なものとなっている。

形而上学叙説』は、1685年の暮れ頃から翌年初めの短い期間に書かれたテクストである。その内容は、彼の後期形而上学すなわちモナドロジーとは異なっている。ライプニッツ研究の大家として知られる Fichant 氏の研究にもあるように、中期-後期形而上学の連続性は、『叙説』の直後に交わされた「ライプニッツ-アルノー往復書簡」において見出すことができる。ところが、『叙説』それ自体では、モナドロジー的実体論とは一線を画すような完足個体概念による実体論が展開されているのである。ただし、この実体論の移行の間に完全な断絶が存していると見るかどうかは議論がわかれるところであろう。その両者の距離を見定めるということこそ、結局のところ、彼のモナドロジーの姿を浮き彫りにするためには必要不可欠な作業なのである。部分が全体を表現しているということがモナドロジーのひとつの要であったように、彼の哲学的生涯における部分もまた彼の哲学全体を映し出しているといえよう。

テクスト

『叙説』原文の主要な版と邦訳及び注釈書を以下にまとめておく。

Briefwechsel zwischen Leibniz, Arnauld und dem Landgrafen Ernst von Hessen-Rheinfels, ed. C. L. GROTEFEND, Hannover, 1846.
『叙説』はライプニッツの生前には結局未発表のままであった。19世紀の中頃にようやくグルーテフェントによって公刊されることになるが、当時はあまり注目されることはなかったらしい。たしかに、有名な「モナド」という言葉もここには登場しないのだから、当然といえば当然なのかもしれない。この後、1857年に公刊されたフーシェ=ドゥ=カレーユ版というのも存在している。

Die philosophischen Schriften von G. W. Leibniz, hrsg. von C. I. Gerhardt, Weidman, 1875–1890 (Nachdr., Olms, 1978), Bd. IV, pp. 427–463.
いわゆるゲルハルト版と呼ばれるものであり、GP や G と略されることが多い。アカデミー版が出版される以前はこちらが主に参照されていた。現在でもアカデミー版未公刊のテクストに関してはこちらをよく参照する。

Sämtliche Schriften und Briefe, Akademie Verlag, 1923–, Sechste Reihe, Vierter Band, pp. 1529–1588.
いわゆるアカデミー版と呼ばれるものであり、Ak や A と略されることが多い。現在のライプニッツ研究ではこの版が基本となっている。しかしながら、未公刊のテクストも多く、後期哲学関連のテクストのほとんどがまだ公刊されていない。ただし有名な後期著作である『人間知性新論』 だけは、諸事情(いろいろあるらしい)により、すでに公刊されている。『叙説』に関しては、ゲルハルト版がライプニッツも目を通したとされる写本をもとにしている一方で、アカデミー版はライプニッツ自身の手稿をもとにしている。アカデミー版にはゲルハルト版やほかの写本などの異同が示されており、原文を参照したいときにはまずこの版を見るべきであろう。

Discours de métaphysique suivi de Monadologie et autres textes, éd. M. Fichant, Gallimard, 2004.
研究者はアカデミー版を見るべきかもしれないが、異同まで気にせず読むのであれば、この Fichant 版が良いと思う。ありがたいことに『モナドロジー』や他の関係テクストも一緒に収録されており、ライプニッツの基本的なテクストをおさえている。さらに、この本の最初に附された長い(130頁くらいある)イントロダクションは、中期-後期形而上学の連続関係を論ずるさいによく引用される箇所であり、重要な文献である。注も充実しており、研究会ではこの本の注にはだいぶお世話になっている。安いということもあり、一冊持っておくのにはおすすめ。

Discours de métaphysique, correspondance, éd. C. Leduc, Vrin, 2016.
今のところ(2018年4月現在)最新の版だと思う。この版のありがたいところは、左右余白にアカデミー版のページ数が附されているという点である。最近の論文での引用を手軽にたしかめることができる。また、「ライプニッツ-アルノー往復書簡」も収録されている点は重要である。この書簡は『叙説』をめぐるさまざまな問題に関するものであり、両テクストを合わせて読むことで『叙説』の理解が深まることは確かであろう。あと、これは本質的なことではないかもしれないが、紙質が(多少だけど)良いので破ける心配がないのも嬉しい。

形而上学叙説』, 河野与一訳, 岩波文庫, 1950.
日本におけるライプニッツ研究の歴史は古いが、その中でも彼の翻訳業は極めて重要な意味を持っているだろう。岩波文庫に入ったのは1950年であるが、1925年に哲学古典叢書として岩波書店から出版されていたものを改訳したのが、この訳である。解説を見ると、大正12年(1923)の夏から翻訳に着手したとある。そのきっかけが、安倍能成氏と西田幾多郎氏にあると言うのだからすごい。哲学分野においては日本最古の学術雑誌『哲学雑誌』(『哲学会雑誌』から改名)に、1916年ごろから続けてライプニッツの論考が発表されており、桑木厳翼氏や井上哲次郎氏、田辺元氏、西田幾多郎氏など当時の主要な顔ぶれがライプニッツに注目していたことがわかる。そんな空気の中でこの邦訳が出たのはある意味必然であったかもしれないが、それにしても、今読んでも勉強になる訳である。ただし、現在はちょっと手に入りづらいのと、旧字体で読みづらいなどの理由で、あまりおすすめはしていない。

 モナドロジー・形而上学叙説』, 清水富雄・竹田篤司・飯塚勝久訳, 中公クラシックス, 2005.
『叙説』の部分は清水・飯塚訳である。この翻訳は、1969年の『世界の名著 25』およびそのソフトカバー版『世界の名著 30』(1980)をそのまま持ってきたものである。実は『世界の名著』ではスピノザと一緒に収録されており、ライプニッツ著作を『エチカ』とともに読める優れもの(?)であった。それが中公クラシックス版ではライプニッツ著作だけになってしまい、ちょっと残念ではある。全体的に(特に『モナドロジー』は)すこし訳が緩めではあるが、手に入りやすさと、『モナドロジー』も一緒に収録している点で、彼の著作をとりあえず何か読んでみたいという方にはおすすめの一冊である。

ライプニッツ著作集』全10巻, 下村寅太郎 山本信 中村幸四郎 原亨吾監修, 工作舎, 1988–1999.
第8巻に『叙説』が収録されている。西谷裕作氏の翻訳である。訳注が充実しており、ライプニッツが濁して「『事物が善いのはいかなる善の法則によるのでもなく、まったく神の意志によってである』と言う人」といっているところにも、注で「デカルトを念頭においている」と示してくれている。『ライプニッツ著作集』は現在第2期の刊行が進んでおり2018年5月には第2期の最終巻が出る予定らしい。世界的に見てもこれだけライプニッツの翻訳が出版されているのは珍しいことであり、工作舎さんには感謝せずにはいられない。少しお値段が張るので個人で所有するにはつらいかもしれないが、第8巻と第9巻がライプニッツの前期・後期哲学著作の巻となっており、興味がある方は持っていて損はないだろう。

形而上学叙説・ライプニッツ-アルノー往復書簡』, 橋本由美子監訳 秋保亘 大矢宗太朗訳, 平凡社ライブラリー, 2013.
個人的なことであるが、私に哲学を教えてくれた橋本由美子先生が監訳したものである。そのような個人的な思い入れもあるが、日本語として優れているとの評価を人々から聞くので、客観的にみても良い翻訳なのだろう。さらに、この訳書の良さとして強調したいのは、『叙説』と「ライプニッツ-アルノー往復書簡」の対応関係を明確に示している点である。『叙説』の本文中に書簡の対応頁数を、書簡の本文中に『叙説』の対応節番号を挿入することによって相互の連関が示され、どちらの著作もこれまでとは違った様相を呈している。手に入りやすさ、値段、そして訳の親切さなど、どの点をとっても私はこの翻訳を人々におすすめしたい。

P. Burgelin, Commentaire du Discours de Métaphysique de Leibniz, PUF, 1959. 
『叙説』の注釈書である。節ごとに長いコメントをつけているものというのは、実はけっこう珍しく、研究会ではかなり重宝している。ただし引用の仕方が雑なので原典を参照しようとするとなかなか難しかったりと、難ありな研究書ではある。とはいえ、『叙説』という濃縮されたテクストを読む上で、まず解凍作業が必要であり、そのさいには丁寧に他のテクストに関連付けながら解説してくれているこのような注釈書は、大変参考になるのである。『叙説』を節ごとに解説してくれている研究書が他にあれば、ぜひ教えていただきたい。情報求む。

対訳資料と解説

研究会では少しずつ対訳を作成しており、ここではそれを順次公開していく(リンクを押すとDropboxのPDFに飛びます)。

  1. 基本的にはAkademie版を底本としている。
  2. 段落に関してはアンリ・レスティエンヌ版および橋本訳を参考にしつつ、適宜変更している。
  3. 原文中の >< は版によって異なる語句が挿入されている箇所を示す。
  4. 原文中の[]は版によって異なる語句が使用されている箇所を示す。
  5. 原文中および本文中での異同を示す際に使用する記号は次の通り。Gerhardt版(l2)、フィシャン版(f)、自筆による草稿(L2)、秘書による写本(l1, l3
  6. 注釈は現行の諸々の版を参照している。各注頭に参照した版を記号で示す。アカデミー版(A)、Fichant版(F)、工作舎著作集(O)、橋本訳(H)。また訳者(M)。その他は適宜指示する。 
  7. 注での引用は既訳が存在するものはそれらを参照している。

第1節 神の完全性について、また神がこの上なく望ましい仕方で全てを為すこと。

第2節 神の作品において善性は存しないとか、善や美の諸規則は恣意的であると[L2:あるいは人間たちの想像力のうちにしか存していないと]主張する人々に対して。

第3節 神はより善く為すことができたはずであると考えている人々に対して。

第4節 神への愛は神が為すことに関して全面的な満足と承服を要求するということ。だからといって静寂主義に陥ることはない。

第5節 神の行いの完全性の諸規則とはいかなるものであるか。そして、諸々の手段の単純さは諸々の結果の豊かさと均衡しているということ。

第6節 神は秩序から外れては何事も為さず、また規則に従わない出来事をでっち上げることもありえない。

第7節 奇蹟は下位の準則に反していても、一般的秩序には合致しているということ。そして、一般的意志と特殊的意志によって神は望み、容認するということについて。

第8節 神の働きと被造物の働きを区別するために個別的実体の概念は何から構成されるのかを説明する。

 

読書会考 1/5「読書会を考えることについて 」

さいきん読書会に関する話題をよく目にする。それらの議論に一石を投じようなどという気持ちは毛頭ないのだが、私も読書会にお世話になっている一人の人間として少し考えてみようという気になった。 議論へコミットする気がなくても、思惟はつねに状況から影響を受けるのだ。そういう意味ではさいきんの話題と全く無縁ではないとも言える。

題名にも「1/5」と書いたように、私はこの記事を数回にわけて投稿しようと考えている。理由は単純に一度にいろいろ考えるのが億劫だからにすぎない。あえて次のようにこじつけてもよい。読書会とはある期間継続して書に向かうものであるがゆえに、読書会について考えることもまた継続的であるべきだ。

いろいろ考えたい、とはいえ話題を限定しておくことは必要だろう。読書会概念の外延は非常に広い。詩、小説、専門書、教科書…読めとし読めるあらゆる対象が読書会では扱われている。さらに、おなじ本を扱っている読書会があったとしても、その会が何を目的とするのかによって全く違った雰囲気の会となることは容易に想像がつく。私は哲学の大学院生だということもあり、非常に限られた読書会についてしか実際の経験を持ち合わせていない。それゆえ、個々の読書会についてあれこれと考えることは断念しなければならない。そのようなことは、実際にさまざまな読書会に参加して体験しなければ書くべきではないし、そもそも書けない。このことからもわかるように、私が書くことのできる話題は限られている。

まず読書会一般について書くことは可能であろう。例えば読書会は単なる読書とは異なるということは、あらゆる読書会に共通して言うことができるだろう。それゆえ、読書会と読書がどのように異なるのかという問題は、個々の場面から切り離して考えることができる。

そして、もう一つだけ私に許されているのは、哲学書および哲学研究書の読書会について書くことであろう。唯一このような類の読書会は主催したり参加したりの経験がある。この乏しい経験から何事かを述べることを許していただけるならば、一人で哲学をすることと複数人でそれをすることの違いや、Skypeで行う読書会とおなじ空間に集まって読書会をすることの違いなど、より具体的な話題を提供することができるだろう。

五回に分けておいてよかった。もうお昼休みがおしまいだ。第一回は話題を限定するだけになってしまった。とりあえず、具体的な話から入った方がいいだろうから、次回はSkype読書会の意義と困難について簡単に書くことにしようかと思っている。そんな奇特な人がいるかどうかわからないが、気長に待っていてほしい。

温泉雑記:湯田中渋温泉(2018/1/18~19)

「牛に引かれて善光寺参り」という仏教説話があります。牛を追いかけていったら善光寺に辿り着いちゃったというお話でありまして、それもまた仏さまのお導きということになっております。はてさて、仏さまに導かれてなのかどうかはともかく、多くの人々が昔から善光寺へ参ったもので、様々な道が善光寺へと通じているものであります。群馬の草津から善光寺までの道もまたそう行ったルートの一つになっておりまして、旅路の途中にはさまざまな旅籠屋が立ち並んでいたそうです。

今では温泉街として独立して名の知られた渋温泉も、昔は善光寺参りの途中に足を休めるための場所でありました。鉄道の開通や、情報通信革命は人の流れに影響をあたえるものでして、徐々に一つの観光地として有名になったこの渋温泉は、いまではすっかり草津に負けずとも劣らない温泉街となったそうであります。

さて、先日私もこの渋温泉へと行って参りまして、大変良い旅だったものでちょっと感想でもと筆をとった次第であります。便利な時代ですので、都内からでもあっという間です。長野駅から一時間ほど長野電鉄に揺られていくと湯田中にたどり着きます。湯田中から徒歩で二十分ほど川沿いを歩くと、あっという間に渋温泉というわけです。面白いのは、長野電鉄の特急車両でして、古い方の新幹線や特急車両を使いまわしているため、乗る度に全然違うデザインなのです。これはこれで、乗る楽しみがあるものですね。

今回私が宿泊したのは「金具屋」さんというお宿でして、最近では「千と千尋の神隠し」や「このはな綺譚」といったアニメや漫画の聖地としても有名だそうです(私はあまり詳しくはないのですが)。このお宿、どうやら先ほど述べたようにまだこの地域が観光地として有名になる以前から在ったらしく、創業は宝暦八年、つまり西暦でいえば1758年だというのです。明治から昭和初期にかけて大きく建物を増やし、ほぼ現在の形になった金具屋は、いまでもその当時の木造建築のまま営業をしておりまして、幾つかの棟は有形文化財にも指定されているというものであります。

有形文化財であったり、歴史があったり、することそれ自体も貴重なことではあるかと思いますが、私がそれ以上にこの宿に驚いたのは、その装飾であります。現在の九代目にあたる方が説明してくれたことによれば、昭和初期の第増築を行う際に、多くの宮大工を雇い、当時の六代目が彼らを連れて日本全国を回りそれぞれ地域特有の建築技法を学ばせてこの宿に再現させたというのです。この辺は、実際にHPなどで写真を見ていただくのが良いでしょう。

渋温泉街には外湯が九つありまして、この温泉街に宿泊している客は好きにそれらを使用することができるのも魅力の一つであります。しかも、それぞれ異なる源泉を有しているそうで泉質や効能も違うそうなのです。九十歳を超えたというおばあさんと、その息子さんで営んでいる宿近くの喫茶店で聞いた話では、一、六、九の外湯がおすすめということでありました。選べないときは地元の人に教えていただくのがいいですね。

外湯も十分に楽しめるのと同時に「金具屋」さんの中にも内湯がたくさんありまして、全部で八つの温泉が用意されておりました。どれも装飾が凝っていることもありますが、内湯も四つの異なる源泉から掛け流しでやっているということで、短期間にこんなに多様な温泉に入ったのは初めてかもしれません。

一泊し、出発する日の朝、源泉ツアーというものに参加させていただきました。どうやら、宿が独自の源泉を自分で保有しているというのは珍しく、普通は共同で一つの源泉を分けて使用しているそうなのです。共同ですと、その源泉を見学というわけにもなかなかいかないのですが、このお宿では自家源泉を四つ保有していて、それらを見せてくれるというわけなのです。どういう仕組みで温泉が汲み上げられているのか、そして、どんなメンテナンスが必要でという、マニアックな温泉話を聞くことができました。なんとも面白い経験ばかりです。

いまのように医学が発達する以前は、温泉は一つの薬でありました。療養のために温泉地に滞在するということも多々あったということはよく聞くことであります。そのような時代と比べると人々の温泉に対する関心はより精神的なものへと移り変わってきたように思われます。身体であれ精神であれ、それらは切り離すことのできない一つの人間です。癒しの効果がどちらに作用するものであるにしろ、人間にとって、温泉が癒しであるということは変わらないのでしょう。「いい湯だなぁ」と思うことは、年に一度くらいあってしかるべきだと、温泉旅行に行くと感じるのです。どうでしょうか。

読書メモのリンク集

ジャン・グロンダン/末松壽・佐藤正年訳『解釈学』白水社文庫クセジュ, 2018.
ジャン・グロンダン『解釈学』

 

上村忠男『ヴィーコ論集成』みすず書房2017.
上村忠男『ヴィーコ論集成』

 

戸谷洋志『ハンス・ヨナスを読む』堀内出版, 2018.
戸谷洋志『ハンス・ヨナスを読む』

 

山本信『哲学の基礎』北樹出版, 初版 1988. 放送大学教材, 初版 1985, 改訂版 1992.
山本信『哲学の基礎』

 

G. ドゥルーズ/堀千晶訳『ザッヘル=マゾッホ紹介 冷淡なものと残酷なもの』河出文庫, 2018.
ドゥルーズ『ザッヘル=マゾッホ紹介』

 

F. Duchesneau, “Les modèles du vivant de Descaretes à Leibniz”, Vrin, 1998.
Les modèles du vivant

 

G・ドゥルーズ檜垣立哉・小林卓也訳『ベルクソニズム』法政大学出版局、2017.
ドゥルーズ『ベルクソニズム』

 

清水高志『実在への殺到』水声文庫、2017. 
清水高志『実在への殺到』

 

佐々木能章ライプニッツ術:モナドは世界を編集する』工作舎、2002.
佐々木能章『ライプニッツ術』

 

E・J・エイトン/渡辺正雄、原純夫、佐柳文男訳『ライプニッツの普遍計画』工作舎、1990.
エイトン『ライプニッツの普遍計画』

 

ジャンバッティスタ・ヴィーコ/上村忠男訳『イタリア人の太古の知恵』法政大学出版局、1988.
ヴィーコ『イタリア人の太古の知恵』